21話
カツカツと音が響く地下回廊を歩いていくと、奥に衛兵が見張っている牢があった。堅い扉で閉じられているのを衛兵が開くと、アルヴィスらが中に入る。
「あ……アル……ヴィス……なの? そうよね!? 助かった……これで私は」
「……」
呆けたような顔でアルヴィスの名を呟いたと思ったら、鉄格子に勢いよく近づき格子を握りしめるみすぼらしい姿の女性。アルヴィスは思わず眉を寄せた。彼女がリリアンだ。牢に入られてからは触っていない為か、長い桃色の髪はボサボサだった。決して良い待遇を受けているわけではないのは、汚れ解れた衣服からも読み取れる。
アルヴィスの顔を見て安堵している様子のリリアン。この場にいるのはアルヴィスだけではない。騎士団長や近衛隊隊長、副隊長もいる。尋問しに来たと考えるのが普通だろう。しかし、リリアンは違うようだ。
「……殿下を呼び捨てにするとは、相も変わらず不敬が過ぎるな。この場で斬り捨てても構わないんだが?」
「ひっ……ご、ごめん、なさい」
ヘクターが威圧感たっぷりに低い声を発すると、リリアンは肩をビクリと震わせる。ルークとハーヴィは扉の近くにある柱にいて、口を挟むつもりはないようだ。怒りを収める気がないヘクターの前に出ると、リリアンは見るからにホッとしたように肩を落とす。
「……君がリリアン・チェリアか?」
「は、はいっ! 生アル様の声だ……カッコいいな、やっぱり」
「……」
嬉々とした表情を見せるリリアン。その態度があからさますぎて、アルヴィスは困惑していた。何をどうすれば、この状況でそんな表情が出るのか。更には、アルヴィスの愛称を口にしている。身内や一部の人間にしか許可していない呼び名だ。許可しない限り、呼ぶことは叶わないのだから、会ったことがないリリアンが呼べるはずもない。これは貴族としての常識。教育を受けているのならば、最低限のマナーとして知っているものだ。非常識な令嬢ということを頭に入れると、表情を変えないようにしながら、アルヴィスは慎重に言葉を選んだ。
「……俺に会いたい、と言っていたそうだが……その理由は何だ?」
「それは……その……出来れば、二人だけで」
「貴様は馬鹿か? この状況で、殿下と二人になどさせるわけがないだろうが」
「……で、でも……わたし」
チラチラと何かを気にするようにしながら、リリアンはアルヴィスへと顔を向けてくる。上目遣いですがるようにも見えるそれは、これまで出会ってきた女性らと何ら変わりないものだった。そんな顔をすれば、アルヴィスが手助けをするとでも考えているのだろうか。いや、思っているからこその態度なのだ。二人になれば、事態を変えられるという確信があるからこそのもの。だが。罪人としてここに入れられているリリアンと二人きりになるなど、あり得ない話だ。恐らく、リリアンには罪人という意識がないのだろう。何故かわからないが、アルヴィスがリリアンを助けてくれると考えている。マナを介さずとも、表情を見ればわかる。期待の眼差しを向けているのだから。呆れを通り越して、尊敬さえできる態度だ。
「……この場で話せないならそれで終わりだ」
「えっ?」
「彼等の前で話せないことなら、聞かない」
「そんな……だって、わたしっ……待ってっ!」
顔を赤らめて訴えてくることには、アルヴィスら全員が呆れていた。もういいかと、アルヴィスがルークへ指示を出そうとすると、ガシャンと鉄格子をリリアンが揺らす。
「待って‼ わたしが本当なら、女神の力を得るはずだったのっ! 巫女になるはずだったのよっ! だからここから出さないとこの国は滅びちゃうの‼ アルヴィスならここから出せるでしょ!? だって、わたしはアルヴィスからも愛されるはずだからっ‼」
「「「……」」」
リリアンは、何とかアルヴィスを引き留めようとしているようだった。本人は必死だが、アルヴィスからしてみれば何を言っているのかと正気を疑いたくなるものばかりだ。女神の力はアルヴィスが契約者となった。そもそも巫女など聞いたこともない。愛される筈とは何だ。それでも、女神と国という無視できない言葉も出てきたことで、アルヴィスは一先ず話に耳を傾けていた。
「それに、力を使いきったらわたし……じゃなくて、アルヴィス様も死んじゃうのよ!? ……だからわたしを愛さなきゃいけないのっ‼」
「意味がわからない……馬鹿か、君は」
聞いて損をした気分になるアルヴィスだった。頭が一気に冷えていく。面倒になってきたアルヴィスは、近衛隊で借りてきた剣をすばやく鞘から抜くと、鉄格子の向こうにいるリリアンの首筋に剣先を当てた。
「きゃっ、つめた……い……? ひっ――」
「動けば斬る」
首筋に触れたことでリリアンが驚き逃げようとするが、アルヴィスによって止められてしまう。信じられないという表情でアルヴィスを見上げてくるリリアンだが、これは決まっていたことだ。リリアンを処分することを。今までのは、ただ最期の望みのために時間を与えただけだ。
「……アル、ヴィス?」
「俺が君を愛する……となれば、ジラルドのことはどうする? 俺を選ぶとでも言うつもりか?」
「もちろんです! だってわたしは本当に……アルヴィスが好きだったからっ! わたしなら、最後までずっと一緒にいてあげられるっ!」
「だった……か」
ジラルドに懸想していたはずのリリアンが、アルヴィスのことを好きだという。要するにジラルドを裏切ったということだ。女は簡単に他者を裏切り、嘘を口にする。リリアンの言葉には、表面上の意味しか感じられなかった。今の時点で、ジラルドを頼ってもリリアンは助からない。助けられるのは、アルヴィスの方だ。だからジラルドではなく、アルヴィスを選んだということだろう。リリアンは気が付いていないのだ。言葉が上から目線で語られているということに。
アルヴィスの感情を一気に染めていく。そして、アルヴィスは剣を下ろすと、自嘲気味に笑った。スッと剣を鞘に納める。
「……もういい」
「え……?」
突然触れていた剣が無くなったことに驚いたのか、リリアンは口を開けたまま呆然とする。アルヴィスはそんなリリアンを見ることなく、後ろへ振り返った。
「団長、隊長……少し気になる事がありますので、処刑は中止します。構いませんか?」
「……あぁ、構わん」
「異論は、ありません」
ルークとヘクターが顔を強張らせていたが、アルヴィスは構わず話を続ける。
「暫くは騎士団預りでお願いします。必要とあれば拘束錠も許可しますので。伯父上には、俺の独断だとでも報告しておいてください」
「はっ、御意に」
「やり方は任せます。虚偽をするようならば、私が記録を視ます。報告してください」
そうして一通りの指示をすると、アルヴィスは地下牢から出ていく。その間、一度もリリアンへと振り返ることはなかった。




