20話
騎士団長のヘクターを招いて、アルヴィスらは今回の件について話をしていた。場所は変わらずルークの執務室だ。
「まず現状について、殿下に報告させていただきます」
「わかり……わかった」
ヘクターからの無言の圧力を感じて、アルヴィスは言い直す。ヘクターは、この場に来て挨拶を交わした時に、アルヴィスへその丁寧口調を直すように指摘してきた。過去にアルヴィスは騎士団に所属しており、ルークと同様にヘクターへも丁寧口調が身に染み付いている。たが、けじめは必要だとヘクターは決して譲らず、結局アルヴィスが折れる形になった。とは言え、習慣は簡単には直らないのだが。
「商会については、暫くの間監視をつけることになりました。会頭が関わっていなかったとしても、商会の人間が事件に深く関与していたのは事実。放置はできません」
「会頭がシロだという証拠はあり……あるのか?」
「現在の会頭は、例の幹部らに商品の流通や金銭についてはほぼ任せきりだったようです。会頭とは表向きで、実際にはただ署名をするのみだったと。本人は信頼して任せていたということですが、責任者として名を連ねている以上、知らなかったでは済まされません。商会については全ての事業に監査を入れるのが宜しいかと」
カバーチェ商会は奴隷の売買を行っていた。ルベリア王国では禁止されているが、他国には罪人や孤児を奴隷として所有物のように扱うことを認めている国々がある。今回の商売先であった隣国では、奴隷商売は認めないと王は宣言しているものの、まだ貴族や裕福な商人たちの間では奴隷を買っている者が多い。長年の慣習は、簡単に消えることはないのだ。堂々と商売出来ないため、裏ルートで購入する以外に手はなく、そこを突いたのだろう。
「ロッグバード伯爵が闇オークションを開いていたという噂もありますが、確証はありません。いずれにしても、我が国で何かをしていたわけではありませんから、どうすることもできませんが」
「……確かに。それで、チェンバー子爵は?」
「チェンバー子爵は、貴族籍を剥奪して地下牢に。証拠も得られましたので、逃げられません。……子細はご存知で?」
「……視た、からな。それに、予想も付く」
アルヴィスに対しても何かしら仕掛けようとしていたことは、既に知っていることだ。その刺客として選ばれたのがリリアン。尤も、エリナの代わりとしてリリアンを新たな婚約者の座に就けるのは難しい。身分は元男爵令嬢で、爵位を持たない平民と同じだ。どれ程の教養を持っていようとも後ろ楯がなければ、貴族籍を持つ令嬢でさえ難しい地位に、リリアンがなり得る可能性はゼロに近い。
そこで出てくるのが、隣国の好色伯と名高いロッグバード伯爵。平民に落ちたリリアンが、隣国の伯爵の後ろ楯を得たならば婚約者になれる可能性は格段に上がる。その先は、あまり考えたくはない未来だろう。
「……ともかくだ、アルヴィス。リリアンという元令嬢の処遇はどうする? 陛下は、直ぐにでも処罰しても構わないらしいが」
「アンブラ、殿下はもうお前の部下じゃないのだ。そのような言葉遣いはやめろ」
「公的な場は弁えてる。それより、話を進めるのが先だろ?」
「はぁ……だからいつまでも殿下が割り切れないんだろうが……」
真面目なヘクターだからこそ、上下関係はしっかりとしておくべきだが、ルークは身内しかいない場所なのだから、構わないというスタンスだ。その方がアルヴィスも助かるのだが、それを甘えと捉えられても仕方ない。本来は、ヘクターの方が正しい在り方なのだから。
「それで、殿下はどうするおつもりですか?」
「……」
「チェンバーも、例の学園の騒ぎを知っており、実際にあの者ならば陥落させるのも可能だと修道院の脱走を企てたということですが、当人も意気揚々と受けたようですから慈悲は不要と進言いたしますが」
陥落させるというのは、アルヴィスのことだろう。ジラルドらを手玉に取ったように、アルヴィスも同じようにすれば落ちると考えたということだ。リリアンのことはチラリと記録の中で見ただけだが、アルヴィスからすればあれに惚れる理由がわからなかった。いずれにしても、ジラルドの恋人だった令嬢に惚れる訳がない。アルヴィスを馬鹿にするにも程がある。
「本人自身も、殿下の妃という立場を望んでいるのでしょう。身の程知らずにも程がありますが」
「どこからそう思えるのかわからんが……余程、己に自信があるんだろうな」
「……」
その自信というのは、アルヴィスを落とせる自信なのだろう。何とも答えにくい話題だ。
話が逸れたが、考えるべきことはリリアンの処遇だ。
「慈悲は不要、か……」
「私から言わせれば、どの様な形であっても王太子殿下を害そうとした連中に協力した時点で、首を刎ねます。彼女がどの様な境遇であろうとも」
「……まっ、同感だな」
「ええ」
ヘクターの言葉に、ルークもハーヴィも頷く。アルヴィスもその判断が間違いだと否定することは出来ない。近衛隊に所属していたのならば、同じ様な結論を出しただろうから。
一方で、リリアンはまだ少女だという部分だけが、懸念点ではある。エリナの一つ年下。被害者がエリナであれば、容赦なく始末することを選んだだろうが、今回の被害者はアルヴィス。だからこそ死者が出なかったのだが、逆に王太子が害されるという事態になってしまった。これは、子爵らにとって不運だったことだろう。
いずれにしても近衛と騎士団のトップ、そして国王もそれを望んでいるならば、アルヴィスが否と言うにはそれなりの理由が必要だ。国に取って益となるような理由が。それがない以上は、現時点で処刑は免れ得ないということになる。覚悟を決めて、アルヴィスは拳を握りしめた。
「……その令嬢に会ってくる」
「処刑で、いいのか?」
「アンブラ、お前は―――」
「ヘクターは黙ってろ。アルヴィス、どうなんだ?」
「……俺に会いたい、というならその願いを叶えるだけだ」
それがリリアンの最期になることも踏まえて、アルヴィスは決めた。そのアルヴィスの決定に異論を唱える者はいない。そうして、ヘクターの案内で、アルヴィスらは地下牢へと向かった。




