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18話

 

 翌朝、アルヴィスはカーテンが引かれる音で目が覚めた。目を開ければ、ティレアの後ろ姿が見える。


「……おはようございます、アルヴィス様」

「おは、よう……」

「今、お水をご用意致しますね」

「あぁ……」


 アルヴィスの発した声が、少し掠れていたからだろう。ティレアは用意された水差しからコップにそれを注いでくれた。身を起こして受け取り、一口飲めば乾いていた喉が潤う。


「今朝も朝食前に先生が様子を見に来られるようです」

「わかった」

「あと……これをお預かりしました」

「手紙?」


 ティレアから渡されたのは手紙だ。宛先はなく、差出人を見るとルーク・アンブラと書かれている。恐らくは例の件だ。


「ティレア、人払いをしてくれ。少しの間、誰も入れないで欲しい」

「……承知しました」


 読んでる間に、誰かが来ることは避けたい。そうして、ティレアが出ていくのを確認してから中身を確認する。


『アルヴィスへ


 面倒だから、お決まりは省略させてもらう。例の件だ。

 黒幕は、チェンバー子爵。それに付随してきたのが、隣国の好色で有名なロッグバード伯爵だ。まず、そっちは置いておく。証言のみで証拠がない。

 カバーチェ商会は会頭はシロ。幹部の内二人がクロだ。どちらも拘束した。下っ端は既に処断済み。あと、リリアンだかという令嬢も拘束した。地下牢にいる。お前に会いたいそうだが、どうするかの判断は任せた。

 陛下には報告済みだ。リトアード公爵令嬢も安全が確認され次第、学園に戻れるだろう。


 以上だ。

 あまり周囲に心配をかけるなよ。


 予想通りの内容だった。流石に近衛は仕事が早い。読み終われば手紙は処分しなければならないのが、近衛隊にいた時からの暗黙のルール。アルヴィスは手紙を持つ指先にマナを溜めると、発火させた。己のマナから出火されているので、火傷の心配はない。そのまま燃え尽きて、跡形もなくなっていく。これで、誰の目にも触れることはなくなった。

 それにしても、今は元令嬢となるリリアンがアルヴィスに会いたがっているのは、どういうことなのか。

 思い返してみても、リリアンという名に心当たりはない。アルヴィスの知り合いはもちろん、社交界や学園時代においても、そのような名前の女性と関わった記憶はなかった。一番可能性が高いのは、一方的にアルヴィスを知っていることだが。


「……子爵の思惑、ということか?」


 エリナを害した後に、子爵らは代わりとしてその地位にリリアンを据えたいと考えていた。そもそも襲撃自体が失敗しているので、エリナは無事。既に目論見は頓挫している。ということは現在において、リリアンは罪人でしかなく、アルヴィスに会うことに意味はない。

 無理矢理意味を持たせるならば、アルヴィスへ慈悲を願い出ることも考えられる。概ね、アルヴィスの興味を引き、見初めてもらいたいといったところか。欲を言えば、牢から出て令嬢の生活に戻りたいのかもしれない。それだけの権限をアルヴィスは持っているのだ。

 もし別の用件だったとして、リリアンからもたらされる話にどれだけの価値があるのかもわからない。引き出す代わりに見返りを求められるのも御免だ。いずれにしても、会ったところで面倒なのは確実である。


「始末するか……重罪人として飼い殺し、か……選択肢はそれくらいだろうな」


 事前にエリナを狙うことは知っていたはずのリリアンは、子爵の共犯者の一人でもある。

 唆されたにしても、修道院から脱走したのはリリアンの意志。罪を免れることはできない。重罪人用の拘束錠を付けた上で、修道院に戻すことも出来なくはないが、最悪の場合は、このまま処刑されることになる。

 拘束錠とは、自分で外すことは出来ない罪人の証明だ。解除ができるのは、鍵を施した持ち主のみで、マナを流すことにより鍵はかけられる。マナは一人一人異なり、別の人間が同じマナを流して解除することは不可能。拘束錠があれば、脱走しても居場所が直ぐに特定されることになり、自由はなくなる。それが重罪人だ。

 一通り考えをまとめたところで、コンコンとノックの音がする。人払いしたということで、伺いを立てたのだろう。


「入って構わない」

「失礼いたします」

「おはようございます、アルヴィス殿下。本日のご気分はいかがかな?」

「特師……おはようございます」


 尋ねてきたのはフォランだ。どうやら思考しているあいだに診察の時間になったようだ。ベッドに座っているアルヴィスの側まで来ると、手を額に当てる。一番最初にフォランが行うのが熱の確認だった。


「まだ少しありますな……では腕を見せてくだされ」

「はい」


 右腕の方だけシャツを脱ぎ、フォランへ差し出す。包帯を巻き取って布を取っていき、傷口の様子をフォランがじっと見つめていた。


「ふむ……塞がりかけてはいますが、まだ右腕は使わない方が宜しいでしょうな。しばし、失礼を……」

「……っ!」


 フォランがマナを使ったと認識すると同時に冷たさがアルヴィスへ伝わった。何かが抜かれる感覚に目を閉じてしまう。近くで見ていたティレアらの息を呑む音が聞こえる。


「これで、良いでしょう。侍女殿、お湯を」

「は、はいっ」


 お湯に浸されたタオルで丁寧に拭かれると、アルヴィスの肩から力が抜ける。その拭いたタオルを見れば血が付いているのが目に入った。


「師医」

「ん? あぁ……治りが遅いのは毒による影響です。傷の内部で膿となっていたようなのでな。それを取り除いたので、少し出血したということですじゃよ」

「……そう、ですか」

「これで、腕の方は問題ないはずじゃ。じゃが、まだムリに動かすことはせぬようにお願いいたします」


 再び新しい布を当てて包帯を巻く。少しだけ腕を持ち上げるが、然程違和感は感じない。日常動作であれば、もう平気だろう。痛みも感じなかった。


「殿下、安静にとまでは言いませぬが、まだ完治したわけではないことをくれぐれもお忘れなきように」

「……わかりました」

「熱が少しでも上がれば、直ぐにでも安静にしてもらいますからな。常に誰かを側に置いておくようにしてくだされ」

「はい、承知しました」

「では……儂は失礼しますぞ」


 ティレアとフォランが出ていくと、アルヴィスはベッドから下りた。もう安静にして寝ている必要はないと、フォランからも許可は出た。


「アルヴィス様、まさかお出掛けになられるおつもりで?」

「エドに任せきりだ。まずはそれを処理しないとな」

「……全く。わかりましたが、せめて食事はゆっくりと摂ってくださいね。お着替えを用意いたします」


 仕方ないとナリスは衣装部屋に行くと、アルヴィスの着替えを手に戻ってくる。久しぶりに袖を通すことになる貴族服。城内を歩くならばラフな私服を着用することは出来ない。寝込むまでは面倒だと思っていたが、ほんの数日着ていないだけでこちらの方がしっくりくるようになっていた。


「……そのようなお姿も久しぶりですね。ですが、お一人での行動は厳禁です。イースラか、アンナをお連れください」

「わかった」


 侍女を連れ歩くことはあまりしないが、今回は例外だ。アルヴィスも納得している。本調子でない以上、何かあってからでは遅いのだから。


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