閑話 出立の準備の中で
エリナ視点です。
「エリナ様、こちらはいかがいたしますか?」
「それは必要ないでしょうね。スーベニア聖国は華美な衣装を好む国ではないし、できるだけ装飾の類も少なめにしましょう」
数日後、エリナはルベリア王国からスーベニア聖国への旅路へと出立する。王太子妃となってからは二回ほど王都を出ることはあったが、いずれも国内だった。それもエリナに縁がある場所だけだ。一回目は母方の実家へ、二回目はアルヴィスの故郷へと。アルヴィスと共に過ごすことができ、その想いを知ることもできた大切な思い出ができた場所。
だが今回は、そのアルヴィスはいない。表向きは王妃として、アルヴィスの名代も兼ねてのスーベニア聖国訪問。実際にはスーベニア聖国の次期女王であるレンティアースから招かれての訪問となる。そのために、エリナは自室で出立の準備を侍女たちと共に行っているところだった。
宗教国家としてどの国とも中立を掲げるスーベニア聖国。治めるのはシスレティア女王であり、その側近らにも女性が多い。男性が優位となるルベリア王国らとは違い、スーベニア聖国では女性が中心となり国を治めている。華やかな世界とは真逆を行く文化を持ち、主たるゼリウムを崇め、どの国よりも創世神話に描かれている神々を敬う国。
気を遣わなければならないことは多いが、まずはその衣装だ。あの国は白や銀色といった色合いを身に纏うのは、女王とそれに追随する人たちと決まっている。かといって鮮やかな色を纏うわけにはいかない。ただでさえエリナは髪色が紅色と艶やかだと言われることが多いのだから、纏う衣装は落ち着いた色合いにした方がいいだろう。アルヴィスから贈られた衣装が納められているクローゼットの中を歩きながら、エリナは思わず頬が緩む。
「エリナ様、どうかされましたか?」
そんなエリナを不思議に思ったのか、サラがカバンに衣装を納めていた手を止めて声を掛けてきた。
「不思議ねって思ったの」
「何がでしょう?」
「昔から私は明るい色の衣装より、少し濃い色の衣装の方をよく着ていたでしょう?」
「そうですね」
幼い頃は覚えていない。けれど学園に入学する前、まだジラルドと婚約していた頃は髪色に負けないようにと、濃いめの衣装を纏っていた。そうするべきだと思っていた。けれど、アルヴィスと婚約してからは真逆だ。淡い色、赤い色の衣装だって纏うことがあった。水色や黄色だって纏ったことがある。以前ならば決して纏わない色を。幼い頃は見向きもしなかった色だったのに、今となってはどうしてあれほど濃いものに拘っていたのかもわからない。今回、スーベニア聖国で身に着ける衣装は淡い色を好まれるので、アルヴィスが贈ってくれた衣装を持っていくことになる。アルヴィスが守ってくれているようで、それを嬉しく感じると共に、まるでこうなることがわかっていたようにも感じられた。ただの偶然だとわかっていても。
そんなことが頭に過り、エリナは緩慢な動作で首を横に振った。そんなはずはない。そこまでアルヴィスが予期できたわけがないのだから。
「アルヴィス様が贈ってくださるものは、淡い色合いのものが多く感じられて。それが不思議に感じたの」
「……それはきっと陛下がエリナ様をそう思っていらっしゃるからなのでしょうね」
「そう、なのかしら……」
「そうですよ。陛下と婚約されてからのエリナ様はとっても可愛らしかったですから」
「そんなことは……」
可愛いという言葉はエリナには似合わない。どちらかといえば昔のリリアンのような、ふわふわとした雰囲気を持つ女性のことを言うのだろうと、漠然とそう考えていた。エリナのようにしっかりとした女性ではなく、誰かに守ってもらえるような庇護欲をそそられるような女性が。エリナがエリナとして立っている以上、あのように振舞うことはできない。であればエリナに「可愛い」という形容詞が付くことはないのだろう。そう思っていた。
「陛下はあまりたくさんの言葉を語ることはないかもしれません。ですがそう思うからこそ、こういう色を贈っているのだと私は思います」
否定することは簡単だ。でもこの時のエリナは違うとは言わなかった。時間にすれば短くとも、濃い時間を共に過ごしてきた。アルヴィスから大切にされていることはわかっているし、想われていることも自覚している。沸き上がったのはただ嬉しいという感情だけ。
「ねぇサラ、私は幸せよ。貴族令嬢として生まれ、義務だけで過ごさなくてはと覚悟していたのに、気づけば私は大好きな方からの愛を貰うことができているのだから」
「それだけエリナ様が努力してきたからこそ、だと思います。陛下もエリナ様も、自らの責任から逃げることはなさらず、真摯に過ごしてきたからこそ女神様もそれを見ていらっしゃったのではないでしょうか」
「そうね」
これまで築いてきたことの結果が今だとすれば、傷ついたことも、くじけそうになったことも無駄ではなかった。だから考えることができるのかもしれない。同じ女性として、置かれた立場とその境遇に想いを馳せることができる。ウェーバー公国の公女のことを案じることができる。
保護するとアルヴィスは言った。その言葉を疑うことはない。その周囲がどう動こうとも、アルヴィスが公女を受け入れることもないだろう。公女が公国から指示を受けていたとしても、アルヴィスならば公女自身の意志を尊重するはず。気になるのは婚約者がいたにも関わらず破棄し、その男性と共にルベリアへの保護を求めたことくらいだ。公女が側妃になることを求めているのであれば、婚約者だった男性と共に来ることは考えられない。同行を願ったのは公女なのか、男性側なのかによって理由は変わってくる。その辺りはもちろんアルヴィスも踏まえているはず。大丈夫だ。だからエリナはエリナのできることを精いっぱい努めるだけ。
「私はこれからも頑張るわ。王妃として、アルヴィス様の妃として」
「微力ながらお支えいたします」
「ありがとう、サラ」




