閑話 王妃と近衛隊長
長くなり過ぎました……書きなぐり気味なので、後日修正するかもしれません。
アルヴィスから話を聞いてから数日後、エリナは珍しい場所へと足を運んでいた。そこは近衛隊詰所の会議室。幼い頃から王族の婚約者ではあったが、騎士団と近衛隊、双方の詰所に立ち寄ったことは一度もなく、結婚をしてからも遠目に見ることはあっても自らが踏み入れたことはない。
大きな机を前にし、エリナは用意された椅子へと座る。その背後にフィラリータとミューゼが立った。反対側にはエリナと対峙するようにルークが、その後ろにハーヴィが立つ。エリナを前にして胸に右手を当てて、ルークとハーヴィが揃って頭を下げた。
「王妃殿下、本日はここまでご足労いただき、ありがとうございます」
「いいえ。私をお呼びということは、スーベニア聖国の件でしょうか」
「……はい」
それ以外にはあり得ない。ただどうしてエリナをわざわざ呼んだのかまではわからなかった。それも近衛隊詰所の内部で。この話自体はアルヴィスから聞いたものだ。スーベニア聖国がエリナを名指しで招きたいと申し出てきた件は既に知っているし、エリナ自身も承諾をしている。
「本来なら我々が王城に出向くべきかとは思いますが、内容が内容です。ここであれば我らの権限で人払いも出来ますから」
王城の敷地内にあるとはいっても、ここは近衛隊長の権限下にある場所。王城内でもアルヴィスに頼めば人払いをした上で応接室を使うことはできるが、王城内の回廊を封鎖することは不可能だ。近衛隊の隊長と副隊長と王妃が何かしらの話し合いをしていたという事実は王城内の使用人らに知られてしまう可能性はゼロにはならない。かといってそれが問題になることはないけれど、ルークらはこれからエリナと話す内容を極力聞かれたくないのだろう。だから確実に人払いが可能なこの場所へとエリナを呼びだした。
「そうまでしてでも誰にも聞かれたくないお話、ということなのですね」
「まぁ、そういうことです」
「それはアルヴィス様にも、でしょうか?」
王城の誰にも聞かれたくない。つまり王城の主であるアルヴィスの耳にも入れたくないということかと、エリナは尋ねる。だが尋ねられたルークはというと、頭をガシガシと掻いて困った顔をしながらハーヴィと顔を見合わせた。
「アンブラ隊長?」
「あー……まぁその、あいつに聞かれたくないというわけではなく……あいつの話だから、ですな」
「え?」
アルヴィスの話。スーベニア聖国の話ではなかったのだろうか。エリナの頭の中が困惑に染まる。どうにも話が見えてこない。彼らが話をしたいことというのは何かがわからなかった。
「ここで話すこと、できればアルヴィスには黙っていてもらえるとありがたいです。我々の憶測、というより私の個人的な解釈も踏まえますんで」
「アンブラ隊長自身の解釈、ですか……」
「あいつから王妃殿下には言いにくいでしょう。誰よりもあいつを案じている貴女だからこそ」
アルヴィスの話題ということで、エリナは膝の上に置いてあった両手を合わせて握りしめた。婚約をして、結婚をして、誰よりもアルヴィスの傍にいるのがエリナだ。けれど、傍にいて感じることがないわけじゃない。エリナも意図的に避けてきた部分。もしかすると、ルークがエリナに話をしたいということは、そういうアルヴィスが尋ねさせてくれない、教えてくれない何かなのかもしれない。
エリナは意を決して頷く。
「わかりました。お聞かせください」
「アムールとアービーの二人もここでの話は他言無用だ。スーベニア聖国には二人も同行せざるを得ないから知っておく必要はあるが……アルヴィスは聞かせたいとは思っていないし、知ってほしいとは思っていないことだからな」
「「はっ」」
十分に前置きをした上で、ルークが深呼吸するのが見える。そのまま椅子に座るではなく、横にずれて壁に寄りかかるようにして腕を組んだ。その様子をエリナは黙って見つめる。ただルークが話し出すのを待った。
「ご存知のようにアルヴィス……国王陛下は慈愛と豊穣の女神であるルシオラと契約を交わしています。それはこの国の民にとっては誇らしくもあり、同時にジラルドが起こした事件で失墜していた王家の信用を再び得ることにもつながったことでしょう」
ジラルドの件からさほど時を置かずして起きたことだ。もはや人々の記憶からジラルドが起こしたことなど話題にすら上がらない。貴族位を持つ者たちからすれば忘れぬ出来事だとしても、多くの貴族位を持たない人々にとってはさほど大事なことではないのだから。
「先代国王はそれによって何かしらの身体への影響があるのではと探っていたようですが、当人は何も言わず、大聖堂も何もわからずでした。陛下自身、女神の威を借るような真似をしたくなかったのか、無意識なのかはわかりませんが、話題にすることも多くありません」
「はい。私も、女神ルシオラ様のお話をアルヴィス様から伺ったことはありません。レンティアース様のことは伺いましたが」
スーベニア聖国に行くにあたって、アルヴィスから話を聞いた。ただあくまでレンティアースのことに対してだ。アルヴィス自身のことについてはあまり教えてくれていない。
ルシオラと契約をしたことで、アルヴィスにどんな恩恵があったのか。無論、王家としては民の信を得るという意味で恩恵はあったのだろう。アルヴィスの右手甲に描かれている紋。寝ている時は外されていた手袋だが、ここ最近は手袋を外すことがなくなっている気がする。エリナよりも遅く寝て早く起きるアルヴィスであるから、寝ている時はこれまでも外しているのかもしれないが、エリナが目にすることはなくなってしまった。
「リュングベルで王妃殿下が危機に瀕した時、アルヴィスにその旨を伝えてきたのが女神だったと聞いています」
「え?」
「そして、大聖堂や墓所では実際に陛下は女神と邂逅しているのです」
「女神様と会っていらっしゃる? アルヴィス様が?」
背後の二人からも「まさか」という声が届く。もしかするとそれが契約という恩恵なのかもしれない。女神ルシオラと接触できる人間など、誰もいない。大司教であってもそうだろう。
「この間、陛下が姿を隠されたことがありました。その際にとある異変を感じた者がおります」
「どなたでしょうか?」
「……リリアン・チェリアです」
「リ、リアンさん……がですか?」
予想外の名前が出てきて、思わずエリナも驚きの声をあげる。まさかここで再びその名を聞くとは思わなかった。
「陛下に口留めされていたようですが、流石に陛下自身も拘束錠にまでその制約を設けてはいなかったため、吐かせることができました。甘いと言えばその通りですが」
「……」
拘束錠。その言葉に息を飲む。もちろん、それがどういう意味のものなのかは知っている。マナの封印、行動の制約、やろうと思えば意思を封じることだって可能となる代物。マナの操作に長けているアルヴィスならば、やろうと思えばどこまででも制約を掛けることができるだろう。だがアルヴィスはそこまでの制約を設けなかった。リリアンを罪人とし、逃亡させることなく管理下に置くだけ。だからこそこの件に関しては、アルヴィスに対する批判が消えない。それでもエリナは……。
「たとえ甘いと言われ様とも、私はそれでよかったのだと思います」
「王妃殿下?」
「きっとそうすることも出来たはずです。彼女を断じてしまった方が楽だった道もあったと思います。自ら手を下すことに躊躇いを覚えるような方ではありませんから。管理下に置いていることも、何かお考えがあるはずです」
そう、アルヴィスとてそれが必要だと思えばそれを行うだろう。リュングベルでの件では、自ら手を下したというアルヴィス。ならば、今更それを厭うことなどない。それがどれだけ苦しかったとしても、逃げることはないだろう。そういう人だ、アルヴィスは。
「……まぁその通りです。価値があるから生かしている。陛下の意見に、我々も賛同しました。だからこそ彼女は生きている。そして、あの日……陛下が数時間とはいえ行方が分からなくなった時に彼女は会い、陛下の異変を見たということです」
「異変、ですか?」
「陛下の両目は水色です。それは母君から受け継いだ色。それは王妃殿下も良く知っているかと」
「もちろんです」
「ですが……あの日、騎士団の地下牢に現れた陛下の目、その片方が紫色に変化していたそうです」
何を言っているのかわからなかった。目の色が変わる。そんなことあり得ない、はずだ。エリナはほんの少しだけ過った違和感には気づかないフリをして頭を振った。今日もアルヴィスに会っている。当然、顔だって合わせた。そこに変化はない。いつものアルヴィスだったはずだ。
「それがどういう意味を持つのかまではわかりません。ただ、リリアンが感じたのは恐怖だったと」
「アルヴィス様が怖かった、ということですか?」
「えぇ。まぁこれまでの処遇を考えれば恐怖を抱くのは無理もありませんが、その場合はアルヴィスが怖かったと言うのが普通でしょう」
ルークの言い回しに違和感を覚える。アルヴィスが怖いのは於いておくとしてだ。まるでリリアンの状態が普通の言い方ではなかったとでも言いたげだった。
「リリアンはこう言ったんです。紫の影が怖かったと」
「え?」
「んで問い詰めたら、陛下の目が紫でその後ろには別の何かがいたとか」
最初はルークらも取り合わなかったらしい。冗談の類だと相手にしなかった。ただその中にアルヴィスの目の色が変わっていたというのも混ざっていたため、改めて聞いてみたという。
「その後、実際に陛下からも色々と聞きました。あいつの中でなにかしらの影響があるのは間違いありません。そこに瘴気が深く関わっているのも、限りなく答えに近いものをスーベニア聖国にいるレンティアースという令嬢が持っているということも」
「そうかもしれません。ではもしかしてスーベニア聖国が私を招きたいのは……」
「あくまで予想でしかありません。ですが何かしらアルヴィスのことについても聞いてもらいたいのです。瘴気のことはもちろんのことですが、このルベリア王国にとっては知らなければならないことの一つが陛下のことですから」
交渉という場につくのはエリナだ。ルークではない。だが今の時点でアルヴィスに何かがあるとルークは考えている。その答えを持っているのがレンティアースだと。だからエリナに聞いてきてもらいたいのだろう。スーベニア聖国に行く前にはアルヴィスへ、向かった後はレンティアースへ。その二人の橋渡しをしてほしい。エリナをここに呼んだのはそれが理由だった。
目を伏せて少し逡巡したエリナはゆっくりと立ち上がる。
「アルヴィス様のことを案じてくださってありがとうございます。皆様の想い、確かに受け取りました。アルヴィス様ともお話をしてみますね」
「よろしくお願いいたします、王妃殿下」
そうしてルークとハーヴィは改めて頭を下げた。




