2話
その日の夕刻。茜色が差し込む執務室で、アルヴィスはソファーに座りルークとハーヴィと向かい合っていた。話を聞いたルークとハーヴィは揃って眉を寄せている。
「正直、そこまで話が大掛かりになるとは思わなかったが……あちらの思惑はわかっているのか?」
腕を組みながら神妙な面持ちでアルヴィスを見ていた。スーベニア聖国に向かいたいと最初に告げてきたのはルークである。それがいつの間にかエリナを同行させることになっているのだ。ある意味、アルヴィスが同行するよりもそれは重い。だからこそ聞いて来たのだろう。エリナを招くスーベニア聖国側の意図を。
「あぁ」
「何故、スーベニアは王妃殿下を望む?」
「……それは」
この場合、向こう側が持ち出した建前は通用しない。それが表向きに過ぎないことはルークらにはわかる。そして、思惑を知らないことには守る側としても大事な局面で動けなくなってしまう可能性も考えられた。知らなければ動けない。近衛隊に所属していたアルヴィスもそれは理解している。
「陛下」
ルークが敢えて呼称を言いかえてきた。その横に座るハーヴィも厳しい眼差しのままアルヴィスを見つめている。この二人が信用できることはわかっているのに、それでも口に出すことに躊躇いを感じてしまうのは、どこかで己の考えが誤りであってほしいと思っているからだろうか。それとも……。
そこまで考えてアルヴィスは頭を振る。今はスーベニア聖国がどうしてエリナを求めるのかを説明するだけでいいと。その先はまだ知らせるべきではないことだと。
「ウェーバー公国の瘴気の件は知っているよな?」
「あぁ」
「無論です」
「瘴気が蔓延し始め、民たちにも影響が出ている。ルベリアとは隣接していない国だが、同じことがここでも起きないとは限らない」
ウェーバー公国と隣接しているのはザーナ帝国だ。とはいえ同じ大陸にある国家同士。依然としてマラーナの瘴気が無くなっていない以上、いつルベリア王国までその手が伸びてくるかはわからない。対策は必要だ。
「浄化をする手段は霊水しかない。ルベリアの大聖堂でも、それ以外の国の大聖堂でも製造されているものだが……あれはおそらくルシオラの力を利用している」
対象へ作用する力。それを使って瘴気を消し去っているように見せている。大聖堂でしか製造できないのは、女神としてルシオラが力を注ぐことができる場所が大聖堂のみなのだろう。契約をしているアルヴィスに対して言葉を告げる時でさえ、大聖堂以外ではあの墓地のみでしかまともにルシオラと邂逅はできていない。
「当然、ウェーバーでもそれがあったはずだ。だが、今の状況では機能しているとはいえない。手が追い付かないのか、それとも効果がないのかまではわからないが……」
「確かにな。霊水を製造するにしても数は限られている。そこまで大量生産できる代物ではないし、蔓延することを予想していない限り、数を揃えているとは考えにくいか」
「ですが陛下、それを知ったとしても我が国で出来ることを対処していけば宜しいのではありませんか? 大聖堂に霊水の増産をお願いし、各領主らにも通達をして対策を取るでも構わないはず。王妃殿下がスーベニア聖国に向かわれる必要は――」
「それだけなら、な」
本題はここからだ。アルヴィスは一度目を閉じてから深呼吸をする。この話題を出してから、ほんの少し左胸が騒めく感覚がしてきていた。今、説明を途切れさせるわけにはいかない。左胸に手を当てながら、アルヴィスはゆっくりと目を開く。
「アルヴィス」
「戴冠の儀の時、俺は次期スーベニア聖国女王からとある依頼を受けた」
「次期女王陛下、ですか?」
レンティアースという名の少女。パーティー会場で会った彼女はどこにでもいるような令嬢風に見えたが、スーベニア聖国の衣装を纏う彼女からはその外見に似合わないほどの圧を受けた。シスレティア女王と同等か、それ以上の貫禄のようなものを感じたのだ。
「あの時にいたスーベニア聖国からの客人か。確かにどこか浮世離れしているようにも見えなくもなかったが……そこまでのものを感じなかったな」
「私もです」
「おそらく特定の人物にのみそう振舞っているのだろうと思う。俺も会場で見た印象は別物だったから」
何も知らない状態で顔を合わせていても違和感を抱く程度だったかもしれない。その身に似合わないほどのマナの力に対して。
「それで、その依頼ってのはなんだ?」
「……神霊水というものの製造だ」
「はぁ?」
「なん、ですかそれは?」
アルヴィスもそれを調べていた。まだ製造するまでには至っていないものの、何となくというレベルでしかわかっていないので、口では説明できるものではない。
「まだ作ることはできていないから、説明はできない。ただ……俺ならばできると彼女は言っていた」
「……霊水は女神ルシオラの力によって造られている。神霊水というからには、直接神の力をってことだろうが、結局同じじゃないのか?」
その言葉にアルヴィスは首を横に振った。
「陛下、何が違うのですか?」
「ルシオラじゃないんだ」
「だが神の力ってことだろ?」
「彼女がどこまで見通しているのかはわからない。だが……ルシオラの力だけじゃだめなんだ。ゼリウムの力も必要となる。たぶんそれが――」
そこまで口にしてからアルヴィスの脳裏に少女の声が浮かんだ。
『そっか、だから攻略対象が必要になるんだ。えへへ、やっぱり最後は愛が勝つってわけだね。いいなぁリリアンは』
「っ」
「おい、アルヴィス⁉」
断片的に浮かんできたのはリリアンの声だった。以前、リリアンの中を読み取ったことがある。その中のモノだ。だから彼女には相手が必要だったのだと。
「陛下!」
「だ、いじょうぶだ。悪い……変なことを思い出した」
駆け寄ってきた二人を制止し、緩慢な動作でアルヴィスは首を横に振った。その場で膝を突きながらルークとハーヴィがアルヴィスの様子を窺ってくる。
「変な事ってお前……」
「線が繋がったんだ。彼女、リリアンの中にあった情報とな」
「……説明しろ」
目の前で凄むルークに対して、アルヴィスには断るという選択肢は存在しなかった。




