1話
――国王の執務室
「陛下、これを。スーベニア聖国からです」
「……向こうから来たのか」
「え?」
「いや、こちらの話だ。ありがとう」
エドワルドから渡された書簡。その差出人はスーベニア聖国の女王シスレティアだった。基本的にスーベニア聖国は外交に積極的ではない国だ。アルヴィスが立太子した年の建国祭も、招待状を送ったのは儀礼的な意味でしかなく、参加を表明することなど考えていなかった。他国の通例行事に女王自らが参加することは皆無とまではいかなくとも、ほぼないと言っていいほどだ。そんな国が自ら書簡を送る。これがどれだけ異質なことか。渡してきたエドワルドにも困惑の色が見えていることが何よりの証拠だろう。
「……」
「あのスーベニア聖国がこちらにということは、またアルヴィス様に何か……」
「そういうわけじゃないさ。今の状況で俺を呼ぶことができないのは向こうも理解しているよ」
だからこれはアルヴィスに対してではない。無論、国王であるアルヴィスを通さなければいけないことには変わりないけれど、レンティアースとアルヴィスの間では既知のことである。
「正式な形でエリナを招待したい、ということらしい」
「王妃殿下を、ですか⁉」
「マラーナ王国の主権を剥奪の認可。その後、マラーナから流れた難民たちの保護などについても報告しなければならないということらしい」
「……これまでと同じように書面でのやり取りで問題ないと思います。わざわざ王妃殿下が出向く必要は――」
「ないな。だからこれはあくまでも建前ということになる」
スーベニア聖国は宗教国家であり、各国に対して中立の立場にある特殊な国。特にマラーナの件において、第三者的な立場で判断を下せるのはスーベニア聖国しかいなかったこともあり、最終的な判断はスーベニア聖国に委ねていた。ザーナ帝国もルベリア王国は被害者、それ以外の国々は加害者の立場となってしまうため、意見を述べるだけに留めるしかない。総ての国がルベリア王国、ザーナ帝国の意見に同意したとしても、それをそのまま意思決定としてしまえば必然的にルベリア王国とザーナ帝国の立場が一段階上になってしまう。国同士はあくまで対等であるべき。でなければ国家間のバランスが崩れてしまう。それを避けるために、スーベニア聖国に依頼していた。元々そういう立ち位置にあるのがスーベニア聖国だ。
「マラーナの件は既に決着がついている。ここで改めてスーベニア聖国に呼び寄せて、通達する意味はない。ただエリナを呼ぶためには、それなりの名目が必要となる。尤もらしい名目がマラーナの件だっただけだろう」
「王妃殿下を呼ぶというのは、先日伺った件と関係があるのですね」
「そういうことだ」
エリナにレンティアースからの話を伝えた後、エドワルドにも伝えた。瘴気の件についてはいずれ伝えなければならなかったことだし、これをどうにかしなければいずれ世界が瘴気に覆われる可能性も出てくる。アルヴィスが垣間見たあの世界のように。それは回避しなければならない。レンティアースもそのつもりだろう。
「随行させるのはアンブラ隊長ですか?」
「ルークは確定だ。あとアムールたち専属護衛と、残りの人選はルークに任せることになるな」
「正式にということであれば、多少護衛を増やしても構わないということですね」
「俺と違ってエリナは旅に慣れていないし、自衛の手段も持たない。多少は多めに連れて行ったところで構わないだろう」
旅先での護衛に不慣れた人間は連れていけない。だから近衛隊士もある程度の経験を含んだ者を選ぶべきだ。王妃の護衛という観点から、今回は騎士団の中から選ぶことはせず近衛隊士のみで構成してもらう。
「日程はいかがされますか?」
「早くて一月後。滞在期間は一週間程度だな。リュングベルから航路を使うことになる。フォルボード侯爵は今王都にいたはずだ。近日中に王城に来るように言っておいてくれ」
「承知しました」
ルークだけが向かうならば馬車の方が圧倒的に速いだろうが、エリナが向かうともなればそういうわけにはいかない。時間を短縮するならば船を使った方が速い。リュングベルまでは馬車で向かい、その先は船旅だ。
「それでは私は――」
「待てエド、ついでにルークとハーヴィにここへ来るように伝えてもらえるか?」
「今日中で宜しいですか?」
「あぁ。今日ならいつでも構わないと伝えておいてくれ」
「承知しました。それでは行ってまいります」
扉の前で一礼して出ていくエドワルドを見送ると、アルヴィスは深く溜息を吐く。
「意外と行動が速かったか……それだけ時間が迫っているということかもしれないな」
エリナとエドワルドに伝えたことは瘴気について。だがレンティアースとアルヴィスがあの書物を通じて会っていることは伝えていない。レンティアースがどういう存在なのかも。そしてあの少年の存在についても。




