幕間 スーベニア聖国の女王
ここまで描かれなかったスーベニア聖国の事情を少し……
「それで、妾に話とは一体なんですか?」
「我が国へ、ルベリア王妃殿をご招待したく思います」
「……アルヴィス殿、ではなくですか?」
「はい」
祈りの間にて、レンティアースはスーベニア聖国の宗主、女王シスレティアと面会をしていた。同じ銀色の髪を持ってはいるが、レンティアースとシスレティアとの間に明確な血縁関係は存在しない。赤の他人というには似通った容姿をしており、はたから見れば母娘にも見えるかもしれないが、それでも二人は他人である。そもそもシスレティアは未婚。スーベニア聖国にとっては女王が婚姻しているかどうか些細なことであるため、未婚の女王も珍しくない。
「ルベリア王国は代替わりして間もない頃です。その国主を招くには唐突過ぎますし、時期尚早でしょう」
「時期尚早というからには、いずれ招きたいと貴女は考えているのですね」
「はい。あの方がいなくては終わることはありませんから」
いずれはアルヴィスをこの国に。そう考えていることをレンティアースは否定しなかった。時がくればそれが必要となる。それをレンティアースは知っているのだから。
シスレティアは口元を隠すようにして扇を開いた。冷たさをも感じさせるその視線はレンティアースへと注がれている。次期女王という立場であるが、あくまで次期に過ぎない。この国の主はシスレティアだ。どれだけのことを知っていようとも、レンティアースもそれを脅かそうとは思っていない。
「貴女が妾よりも先のことを見据えていることはわかっています。候補の中で誰よりもマナが高いのは元より、それ以上に貴女の真贋こそが女王たるに相応しいと。ですが何もかもを受け入れることなどできません」
「ありがとうございます。そんな陛下だからこそ、こうしてお話をしているのです」
密かに動くこともできる。だがそうしないのはレンティアースがシスレティアを信頼している証。とはいっても、既にアルヴィスへは秘密裏に連絡を取り合っているのだから同じことかもしれないけれど。
「全く貴女は……そう言われてしまえば妾も拒否することができないではありませんか」
冷たさを保っていたその視線が和らぐのを感じた。どうやらシスレティアが折れてくれるようだ。尤も、そうなることはわかっていたが。
「わかりました。正式にルベリア王国へと書簡を送りましょう。ルベリア王妃、エリナ殿を招きたいと」
「宜しくお願いいたします陛下」
深々と頭を下げてからレンティアースは祈りの間を後にした。扉の外に出れば、護衛騎士たちが勢ぞろいしている。ここにいるのは女王の筆頭護衛騎士セランの部下たちであり、レンティアースの護衛ではない。そもそもレンティアースには護衛は存在しなかった。
「レンティアース様、お部屋までお送りします」
「ありがとうございます。ですが大丈夫です。お気持ちだけいただきますね」
「……ですが――」
「陛下のことを宜しくお願いします。まだ私の立場は替えが利きますから」
にっこりと微笑みかけてからレンティアースは足早にその場を立ち去った。返答など聞く必要はないからだ。
スーベニア聖国の女王の城。広い回廊を歩いていたレンティアースは、ふと足を止めて空を見上げた。こうして一人でいることは今しかできない。
「すべてが終わった時、私は無事でいるかどうかもわかりませんしね」
空を見上げればおそらく大多数の人間たちは青い空を望むことができるだろう。だがレンティアースの目には違うモノが映っている。昏い霧のようなものが。これを現時点で見ているのはレンティアース、そしてアルヴィスくらいか。あと一人心当たりがなくもないけれど、彼を人数に数えていいかはわからない。そもそも人間の括りではないだろうから。
「ですがもう終わりにしなければなりません。これから先の幾千年まで長引いてしまえば、私が存在できるとは限りませんから」
「ティアさまー」
足を止めているところへ幼い声が届く。視線を回廊へと戻せば、幼い子どもたちがレンティアースの下へと駆け寄ってきていた。全員が白い法衣服のようなものを纏っている。かつてレンティアースも身に着けていたものだ。
「どうしたのですか? 祈りの時間はこれからのはずですよ?」
「えっと……」
レンティアースが指摘すれば目をさ迷わせる子どもたち。その様子から逃げてきたのだとわかる。子どもたちの中にはじっとしていることが苦手な子も多い。わかっていて見逃してくれてもいるけれど、それでも勝手に歩き回ることは好ましくはない。
「では私も一緒に参ります。一緒に神父様に怒られてきましょう」
「ティアさまも?」
「はい」
一緒に怒られようと言えばはにかみながら笑って手を差し伸べてくる。手をつなぎながら歩いていると、幼い頃を思い出す。レンティアースも同じだった。この子どもたちと。
城の端はこの国で最も大きい教会がある。そこは養育施設としても機能していた。ただマナが高く、女王となる素質がある子どもたちだけを集めた特殊な施設だ。女王候補を育てているともいえるだろう。レンティアースもそこで育った一人だ。
素質が高いと両親から引き離される子もいるけれど、元々孤児だった子どもたちも中にはいる。シスレティアは前者であり、レンティアースは後者だ。女王に血筋は関係ない。必要なのはその能力のみ。そのことに疑問を抱く者はおらず、ここで育つことを名誉に感じている者の方が多いだろう。女王となる者以外は、良き縁談に恵まれることが多い所為もあるのだろうが。
「女王を育てる養育所。同じような思想、同じような能力……幼い頃からそう育てられるのですから当然ですね。そんなつもりはなかったのですが」
この施設を創ったのはかつての自分だ。それも時代が変えてしまったものだろう。変わるものもあれば変わらないものもある。それを良しとするか悪しとするかは後世の人々が判断する。その後世を残すためにもやらなければならない。誰を犠牲にしようとも。それがこの時代に存在する己の役割であるはずだから。




