閑話 知った上でできること
ルーク視点となります。
『聞いてくれてありがとう、少し気が楽になった気がする』
そういって近衛隊訓練所を後にしたアルヴィスの背中がルークの脳裏から離れない。アルヴィスから聞いた話は突拍子もないものもあった。あのアルヴィスが偽りを述べるとは思えない。つまりあれはすべて真実なのだろう。
戴冠式に合わせて訪れたスーベニア聖国の客人について、ルークも思うところはあった。夜会にもルークは国王の護衛として控えていたため、アルヴィスの傍にはおらずともその行動には目を光らせていた。誰が近づき、誰と会話をしたか。その相手の挙動も含めて監視していたのだ。それが近衛隊長としてあの場でのルークの役割だったから。
スーベニア聖国の客人、その外見は他の令嬢と大きく変わりはしない。だがアルヴィスとダンスを踊っていた時は雰囲気をがらりと変えていた。公的な場で雰囲気を変えるということは、貴族令嬢ではよく見かけることだ。特に高位貴族の令嬢は、その雰囲気も態度も時と場合によって切り替えることが多い。ただの客人にしては、その纏う雰囲気がただ者ではなかった。それこそ高位貴族令嬢が纏うような空気を身に纏っているように。
「スーベニア聖国か……あそこの女王が認めたということは、ただ者ではないのは間違いない。だが確かに今時分にわざわざその身分を隠してまでアルヴィスに接触してきた意味がわからん」
一人残ったルークは、剣を鞘に納め天を仰ぐ。今、ルベリア王国は新たな時代が始まったばかり。しかし、世界を覆うきな臭さはずっと続いている。いつが始まりだったかなどわからない。もしかするとマラーナ国王がセリアン宰相の傀儡となった頃から、すべては始まっていたのかもしれない。セリアン宰相の背後に控えていた人物。過去の存在であるはずの彼が動く理由に、女神ルシオラが関係している。創世記時代に何があったかなど知る由もないが、アルヴィスに関わるともなれば話は別だ。
「あいつが動けない以上、仕方ねぇな」
一つの決意を秘め、ルークはニヤリと口端を上げた。そこへ一つの足音が近づいてくるのが聞こえてくる。ルークが足音の方角、訓練所の入口の方へと顔を向ければ書類の束を持ったハーヴィが近づいてくるところだった。
「隊長、こちらにいたんですか」
「おう、丁度いいところに来たな」
「……今度は何を企んでいるんです?」
軽く手を挙げて笑い返すと、ハーヴィはあからさまに嫌な顔をする。
「企んでいるってわけじゃないさ。我らが国王陛下の為だ」
「陛下の?」
「あぁ。あいつの憂いを少しでも晴らしておかねぇとな。近衛隊ってのは、ただ守るためだけにいるんじゃねぇだろ」
「それはそうですが、一体何をするつもりなんです?」
見当もつかないとばかりに首を傾げるハーヴィに近づき、その肩にポンと手を置く。この場に誰もいないとはいえ、なるべく小声でルークはハーヴィに告げた。
「しばらく俺は出張扱いってことにしておいてくれ。スーベニア聖国に行ってくる」
「⁉」
「最近のきな臭さの原因、とまではいかなくとも何かしら情報はあるだろうからな」
「……隊長」
「近衛隊は副隊長のお前、それにディンもいるんだ。何とかなるだろ。アルヴィスは自分の身は自分で守れる。他の作業もお前ら二人がいればどうとでもなる」
アルヴィスの専属護衛であるディンはハーヴィよりもベテランの騎士だ。近衛隊としての経歴も長く、ルークが最も頼りにしている部下でもある。ハーヴィが副隊長の地位にいるのは、その身分によるものが大きい。何せ、現近衛隊長が平民なのだから。実力があり実務能力にも長けて、なおかつ高位貴族を親にもつハーヴィがルークの補佐として選ばれたという事情があった。だからこそディンは副隊長の地位にはいない。あのままアルヴィスが近衛隊に所属しつづけていれば、いつかは副隊長、隊長の地位についていただろう。
「スーベニア聖国までどうやっていくつもりなんですか? 徒歩だなんでいいませんよね?」
「乗合馬車でも国境の塔まではいけないからな。国内は馬でいくとして、国境で預かってもらうが、その先は……まぁなんとかなるだろ」
「なんとかって……」
「昔馴染みを頼りながら向かうさ。ルベリアに落ち着くまでは、放浪してた身だからな。その辺りはお坊ちゃんのお前らとは経験が違うんだよ」
ルベリア王国に来るまで、傭兵業などをしながら各地を回っていた。流石にスーベニア聖国へ行ったことはない。海を渡ってまで向かう理由がなかったし、女神信仰や大神といった物語に過ぎない偉人たちを敬うこともなく、流れるままに生きていたから。アルヴィスの身に起こった事象がなければ、今でもそれらに興味を持つことはなかっただろう。
「わかりました。そこまでおっしゃるなら止めません。隊長の無茶ぶりは慣れてますから」
「おう、後は頼む」
「頼まれました」




