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【Web版】従弟の尻拭いをさせられる羽目になった  作者: 紫音
第三部

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14話

当初からあった霊水なるものについての説明回です。


 今置かれた状況が偶然ではなく意図された状況、つまり必然であるとディンに告げたアルヴィス。何かを言おうとしては口を閉ざすディンに、アルヴィスは少しの間一人にしてほしいと頼んだ。王城の奥まった位置にある国王の執務室は、後宮と並んで王城の中で最も安全と言える場所だ。一人にすると言っても執務室内だけのことで、扉の外には近衛隊士が控えている。大きな窓枠の端にはアルヴィスの愛剣も立てかけてあるため、万が一のことがあろうと自衛の手段もあるのだ。執務室まで護衛をする意味はさほどない。ディンとてわかっている。結局何も言葉にできないまま、アルヴィスの指示に従うようにして深々と頭を下げてから沈黙したまま部屋を後にしていった。


「はぁ」


 一人になったところでアルヴィスは再び机の上にある霊水へと視線を向ける。

 霊水はマナを凝縮した力、そこに女神の加護が与えられることで瘴気を浄化することを可能にする。これを制作している大聖堂の者たちもそう思っているはずだ。無論、アルヴィスもそう思っていた。()()()()()()は。


「マナの力を注いだだけの水に瘴気を浄化する力はない。浄化される過程も不明瞭だ。だからこそ女神の加護を与えられたという理由が必要になる」


 女神の加護。どういう理屈・仕組みを以て瘴気を浄化するのか。それを人間が知る必要はない。だからこそ女神という言葉を用いて、この先の詮索を不要とさせる。否、世界における女神の立ち位置を盤石のモノとさせるためかもしれない。今でこそ慈愛と豊穣の女神としてルベリア王国のみならず、世界中で信仰されている女神ルシオラだが、女神となったばかりの頃はそうではなかっただろう。

 アルヴィスが視た記憶の中では、現在発生している瘴気の比ではないほどに、世界中に瘴気があふれていた。それこそ空を覆いつくすほどに。それを何らかの手段を用いて浄化し、空を取り戻した。それだけでなく、再び瘴気が発生した時には霊水を用いて浄化を行ったのだろう。それが過去の出来事だ。

 瘴気を浄化するには霊水が必要なのだと、既に世界中に浸透している。霊水が浄化する手段として当たり前に存在するようになるまで、どれだけの年月が経過したのかはわからないが、この時代ではそれが当たり前だ。霊水を製造するのが大聖堂関連の場所でなければならないことを除けば、霊水を製造することに制限はない。強いて言うならばマナの綿密な操作が必要となるため、製造可能な人間が限られているくらいか。


「……まずは、やってみるか」


 アルヴィスは霊水が入った小瓶の上に右手をかざす。使うのはマナではなく、女神ルシオラから授かった力。正確には、マナを変換させると言った方が正しいのかもしれない。己の中にあるマナの力を、加護の力で変換させる。霊水を作る際に用いる水はただの水だ。そこに凝縮されたマナが加わることで、より力を作用させやすくなる。ある種の媒介の役割を果たすのがマナであり、霊水は女神ルシオラがそのマナの力を利用して浄化の力を与えていた。浄化と言われれば、瘴気を消し去るのを想像する。実際に目にしてきた光景は、まさにその通りだった。霊水を振りまけば、瘴気が消えていく。濁った色が透き通っていく。何度も見てきた光景だ。

 だが実際は違う。ルシオラの力は瘴気を惹きつける。霊水を掛けられた瘴気は、発生源から引き離されて霊水の中にある力に取り込まれ、小さな負の力となって無散していく。負の力が目に見える形となるのは瘴気という集合体となった時だ。つまりどれだけ霊水による浄化を行っても、実際は負の力が消え去っているわけではないということ。だからこそ毎年のように瘴気が発生するのだ。浄化という言葉から、人々は瘴気が消えたのだと想像する。目の前の瘴気が無くなっているように見える上、女神の加護を得たものだからという先入観もあってそれを疑うことなどない。


 今アルヴィスが行っているのは、そうした霊水とは根本的に違う。本来の浄化の力。消えたように誤魔化すのではなく、根本から消し去る力だ。右手の甲が熱を帯び、紋章が反応し始めた。霊水を陽の気で満たす必要がある。霊水に含まれている凝縮されたマナの力。それを読み取り、書き換える。製造した人間ごとにその内容も変わる。誰が製造したのかなどどうでもいい情報だが、否応にもアルヴィスの中にそれが流れてくる。直接触れてはいないため、その流れ込む速さも制御可能ではあるものの、精神的な疲労感はあまり変わらない。


「……っ」


 額から汗が流れ出てくる。それでもかざした手を下ろすことはできなかった。集中しなければと、アルヴィスは右手にのみ意識を集中させる。右目がその先を鮮明に映し出す。どうすればいいのか。まるでアルヴィスの力を誘導するかのように。


「大神、ゼリウム」


 その名を呟けば再び紋章が反応しだす。今ならばできる。そう確信したアルヴィスは、ただ一点だけを見据えた。


 どれだけ時間が経ったのか。アルヴィスは力を抜き、椅子へと倒れるようにして座り込んだ。呼吸も荒くなっている。深呼吸を繰り返し、ようやく落ち着いた頃に顔を霊水へと向けた。

 無色透明であった霊水だが、今は水色を帯びた色へと変わっていた。だがそれを見つめるアルヴィスの表情は険しい。


「まだまだか、俺も」


 集中していたつもりだし、手を抜いたつもりもない。だが目の前にある霊水にはマナによる綻びができていた。読み取ることは得意であるアルヴィスでも、実際にルシオラの力を使って書き換えを行ったのは初めてのことだ。書き換えても、その情報が繋がっていない。不完全な書き換えが行われている箇所があり、意味を成さないものとなり果てていた。

 一度でできると思ってはいなかったけれど、不甲斐ない結果に少なからず消沈しているのもまた事実だ。それに加えてたった一度の作業でも極度の疲労を抱えることになる。執務の片手間にできる作業ではないことはわかっていたけれど、これは予想以上だった。

 背もたれに身体を預けたアルヴィスは天井を仰ぐ。


「ルシオラの代わり……確かにこれは俺でなければならない」


 今アルヴィスがやった作業は、女神となる前のルシオラがやっていたであろうもの。女神となってしまったことで、行うことが叶わなくなってしまった。その頃から、瘴気は完全に消え去ることもなく、誤魔化しながらなんとかやってきた。何度か現れていたルシオラの契約者も、こうしてルシオラの代わりを果たしていたのだろう。しかしそれも限界に来ている。誤魔化すことはもうできないくらいに瘴気が増えてしまった。

 立太子した時点で、こういった情報を与えられていたらどうだったのか。もっと早く動けたのか。それは否だろう。あの頃はアルヴィスも己の地盤を固めることや、エリナのことで手一杯だった。瘴気のことも抱えるほどの余裕もなかったはずだ。ましてや王となる意思も固まっていなかった状態では、使い物になったかどうかもわからないのだから。




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