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【Web版】従弟の尻拭いをさせられる羽目になった  作者: 紫音
第一部

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16話

 

 近づく気配を感じて目を開ければ、ちょうどエリナがアルヴィスへと顔を近づけているところだった。エリナと目が合ってしまい、時が止まる。


「エ、リナ……」

「っ!? ~~~きゃっ」


 名を呼んだのは半ば無意識だ。寝ていると思っていたアルヴィスが起きていたことに驚いたのか、エリナはアルヴィスへと倒れ込んでくる。腕を動かすことが出来ずに、そのままアルヴィスへ乗っかったエリナ。倒れ込んだままエリナは一向に動かない。髪の隙間から覗く耳は真っ赤になっている。


「その……エリナ嬢……?」

「っ……も、申し訳ありませんっ!」


 勢い良くガバッと身体を起こすと、アルヴィスを見ることなく一目散に部屋を出ていってしまった。バタン、と閉まる扉。それが、再び開く。顔を出したのは、イースラだ。


「アル様、今……エリナ様が飛び出して行かれましたがどうされたのです?」

「あ……いや……」


 どうされたと尋ねられても、返答に困る。まさかエリナに寝込みを襲われたなどと言うことは出来ないし、未遂である。そもそもアルヴィスが呼んだことになっているのだ。呼んでおいて、寝ていたアルヴィスが悪い。言いあぐねていると、イースラは呆れたように腰に手を当てる。


「アル様、何を言われたのです?」

「……何、か……」

「まさかとは思いますが、エリナ様が逃げるようなことをされたのですか?」

「……」


 結果だけを見れば、エリナは顔を真っ赤にしたまま逃げ去ったので、そう取られても仕方ない。言い訳するのを諦めてアルヴィスは、目元を左腕で隠した。


「アル様……」

「……イースラ……一応、エリナ嬢の様子を見てきてくれないか?」

「……はぁ、仕方ありません。体調は、いかがなのですか?」

「……」

「アル様?」


 驚きで混乱していたが、頭は重い。そっとイースラが手を額に当てるのがわかった。酷く冷たい手だと。


「……アル様、熱があります。身体もお辛いのであれば、身を起こさないで下さいね。少しお待ち下さい」

「あぁ」


 バタバタとイースラが動き回る音がする。そうして、腕も避けられて額にタオルが乗せられた。冷たさが心地良く、そのまま目を閉じる。


「悪い……少し寝る……」

「かしこまりました」


 エリナのことは気になるが、沸いている頭では何も考えつかない。今は休むことに専念しようと、目を閉じてアルヴィスは眠ってしまった。



 側で見ていたイースラは、アルヴィスから寝息が聞こえてくると足音を立てずに立ち上がり、部屋の外に出る。


「イースラ、アルヴィス様は?」

「今、熱を出されて眠っています。ナリスさん、私はエリナ様の元へ行ってきますので、アル様のことをお願いします」

「……わかったわ」

「では、行ってきます」


 後のことはナリスらに任せて、イースラはエリナの部屋を目指す。アルヴィスの私室から出来るだけ近い場所に用意されたエリナの客室。それでも距離はある。部屋の前にいる近衛隊士に頭を下げ、イースラは廊下を歩いた。

 客室の前には、アルヴィスの護衛のディンがいた。ということは、エリナは部屋に戻ってきているのだろう。


「ディン殿」

「あ、イースラ殿……リトアード公爵令嬢ですか?」

「はい。中にいらっしゃいますか?」

「まぁ、はい……」


 歯切れが悪いが、イースラはエリナの様子を見てくるようにアルヴィスから言われている。中に入らないという選択肢はない。

 コンコン。


「失礼します、エリナ様はいらっしゃいますか? イースラでございます」


 ガチャと扉が開けられれば、エリナの専属侍女であるサラが出迎えてくれた。少し困惑顔だ。


「イースラ様」

「サラ殿、アルヴィス様よりエリナ様の様子を伺ってくるよう仰せ付かりました。中に入っても宜しいですか?」

「……はい、どうぞ」


 あまり中に入れたくない様子ではあるが、アルヴィスの指示ならば断れないのだろう。サラは、少し躊躇いつつも中へと案内をしてくれる。部屋に入れば、エリナがソファに座っていてクッションで顔を隠してしまっていた。

 ゆっくりとエリナの側に向かうと、膝をついてイースラはエリナに声をかけた。


「エリナ様」

「っ……イースラ、さん?」

「はい。……一体、何があったのですか? もし、我が主がエリナ様を傷付けてしまったのなら、ちゃんと私が」

「ちがいますっ!」


 アルヴィスがエリナに対して泣かせるようなことをしたのなら、イースラが責任を持って叱ると話をするつもりだった。だが、言い切る前に勢い良く顔を上げたエリナが強く否定の言葉を発した。膝の上で拳を握りしめて、今にも泣きそうにしているエリナ。クッションは今まで泣いていたのか、少し濡れていた。


「エリナ様……」

「アルヴィス殿下は、何も……わ、わたくしが……その」

「イースラ様……私が聞いてもこの通りなのです。何があったのかまでは教えていただけていないのですが、恐らくはお嬢様が何か粗相をしてしまったのではないかと見受けられます」

「サ、サラっ!?」

「エリナ様が粗相、ですか?」


 エリナに限って粗相をするなど想像できない。礼儀作法はきちんとしており、文句の一つも言わずにアルヴィスの看病をしてくれるという稀有な令嬢である。少しばかりイースラたちが調子付けをして、アルヴィスとエリナの仲を深めようと過度な看病をさせてもいるが、エリナは疑うこともなく世話をしてくれていた。恐らくイースラたちがお願いしなければ、せいぜいがタオルの交換程度だっただろう。尤も、エリナも眠っている相手だからこそできた部分もあるとは思われるが。

 そんなエリナが、自ら進んで粗相をする姿がイースラには思い浮かばなかった。考えられるとすれば、アルヴィス側が何かをした時くらいだ。


「あの……えっと……エリナ様、では何かを言われたのでしょうか?」

「……な、何も言われてないです。その……殿下は、何か仰っていましたか?」

「いえ……様子を見てくるようにと、仰せ付かっただけです」

「そう、ですか……」


 ホッとしたようながっかりしたような、という顔をするエリナに、サラとイースラは顔を見合わせる。一体何があったのか。この分だと、アルヴィスに問うたところで答えは得られそうにない。


「エリナ様……何か言伝でもあれば、お預かりしますが?」

「あ……いえ、大丈夫です。私が、今度こそちゃんと、私の口からお話ししますから。ただ……その、ちょっとだけ時間をください。今は、ちょっと恥ずかしい、ので」

「? ……そうですか」


 そう話すエリナは、少しだけ頬を赤く染めていた。その変化を与えたのが、アルヴィスだというのなら嬉しいとイースラは思う。だから、イースラは聞いてみたくなった。


「エリナ様は……アルヴィス様をどう想っていらっしゃいますか?」

「え……?」

「……これまでのこと、全てを含めてもアルヴィス様が望むものではありません。かの方が愚かな行為さえしなければ……」


 ジラルドが馬鹿なことをしなければ、今でもアルヴィスは近衛隊に所属していた。得意とする剣を振るって、好きなように生きていたはずである。恋愛は望んでいなかったことから、結婚は生涯しなかったかもしれない。


「突然、王太子の地位に据えられ、国政に携わることとなりました。アルヴィス様の能力をもってすれば、可能なことだとは思いますがそれでも簡単なものではありません。以降、アルヴィス様にはすべての言動に責任が伴います。己のことだけを考えてもいられません。これまでも、あまりご自身を省みない方でしたが、一層それが強まったと思っております」

「イースラさん……」

「ですから、アルヴィス様の伴侶となる方は、あの方を本当の意味で支えてくれる方であってほしいのです。アルヴィス様自身を見てくれる方でなければ、私たちは認められません。そして、勝手ながらそれがエリナ様であってほしいと思っているのです」


 イースラはアルヴィスを幼い頃から見てきた。エドワルドと共に公爵家へと仕えるようになった頃から学園に入学するまでずっとだ。主ではあるが、弟のようにも思っている大切な人である。

 アルヴィスは生まれた時から公爵子息として、その整った容姿も優秀な頭脳も称賛されてきた。そこには己を利用しようとする者や邪な考えを持つ者も多く、いつからかアルヴィスは己への賛辞を素直に受け止めることはなくなった。正確にいつからとは断言できないが、どこか自分を諦めている節もある。彼らが見ているのは、アルヴィスではないと。その背後にいる父や国王との血の繋がりを見ているのだと。だからこそ、あっさりと騎士団へと入隊してしまったのだ。趣味でもあった剣技を生かすことも勿論あったのだろうが、戦いに身を置くことを望んだ一因には、己がいなくても構わないというその身を軽んじる考え方があるのだとイースラとエドワルドは考えていた。

 また、時折冷めたように相手を見ていることもあるのも気になることだ。その大半は女性。どこか女性に対して、不信感を抱いているのではないかと感じることは多い。表には決して出さないように仮面を被っているが、これにはエドワルドも同意見だった。理由はイースラたちにもわからない。その不信感を、エリナならば拭い去ってくれるのではないかという期待をイースラは持っていた。

 ここ数日共にいて感じたことは、エリナはとても真っ直ぐであることだ。裏表がない。出してはいけないことは、耐えるタイプなのだろう。ジラルドから婚約破棄を命じられた時のエリナの態度が、それを証明している。


「エリナ様……どうか、お聞かせくださいませんか?」

「イースラさん……」


 エリナは、目を閉じて深呼吸をしていた。少しの間じっとしていたかと思うと、ゆっくりと目を開き胸元に手を置いた。


「……私は……アルヴィス殿下を、慕っている、と思います。まだはっきりとは言えませんが、私はもっとあの方を知りたいと思いました。触れてみたいと望みました。……きっとこれが、想うということなのだと、そう思っています……」

「お嬢様……」

「エリナ様……ありがとうございます。どうか……アル様を宜しくお願い致します」




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