11話
やっと脱出……
薄暗い回廊の中、アルヴィスは勘を頼りに歩を進めていた。回廊の途中にはいくつか扉はあったものの、その半分は扉の形をしただけの壁。残りはアルヴィスが扉に触れた時に鍵が空いたような音がしたため、王家のマナに反応するように作られた隠し部屋か何かだろう。そこから判断するに、この回廊はすべて王族を守るために創られた隠し通路。王城は王都の中央に位置するとはいえ、ここから王都の外に出るにはそれなりの距離を歩くことになる。となれば、精々が王城の外に繋がっているくらいだろうけれど。
「これを下りれば地下ということになるんだろうな……」
回廊を歩いてきたアルヴィスの目の前にあるのは下り階段だった。禁書庫があったのは王城内二階にある書庫の奥。その禁書庫の壁に現れた入口から回廊を歩き、階段を一つ下った。つまりアルヴィスがいるのは一階である。王城は敷地内こそ広いけれど、建物自体は四階までだ。対外的に王城の構造を知らせることはないけれど、内部の人間且つ王族やそれを守護する者たちならば、構造は知っていて当然のことだ。アルヴィスは元近衛隊士であり、王族を守る立場だった。何より今はこのルベリアの王である。そのアルヴィスが知らぬ場所があってはならない。
だが現実には目の前に地下へと続くであろう階段がある。王城に地下空間があるなど、先代のギルベルトや父であるラクウェルも知らないはずだ。近衛隊には王城が建てられた当時の設計図も保管されているけれど、そこにも記されていなかった。
「つまりは前提が違うということか。王族を守るための場所ではなく、別の意図をもって作られ、意図して隠されていた場所だと」
設計図にも載っていないともなれば意図的に隠したと考えた方が自然だ。建設後に秘匿して作られた可能性も否定はできない。けれども彼、ゼリウムの残滓が残されていたことから考えるに、ここが創られたのはゼリウムが大神となった後か、その前後から存在している場所ということになる。流石に創世時代から残されていた建物ではない。何度か修復もされている。地下があれば、その都度気づくはずだ。
アルヴィスは右手を上げ、その手のひらを見下ろす。血筋、ルシオラの加護、どちらも可能性はある。ただ昨今で起きている事象を鑑みれば、ルシオラの加護を得ている方が大きいかもしれない。
「ここで考えても答えはでないな……まずは行ってみるか」
外と遮られた場所であるため、禁書庫を出てどれくらいの時間が経過したのかがわからない。おそらく、否間違いなく外では騒ぎになっているはずだ。アルヴィスに出来るのは、早くここを脱出し、無事な姿を見せること。それが最優先されるのだから。
階下へと降りて、少しだけ埃が溜まったような匂いがした。上の方は塵一つないような空間だったが、ここは違うらしい。ということは外は近いのかもしれない。壁に手を当てながら慎重に先へと進んだ。灯り一つない場所で先が見通せない道を歩くのは精神疲労が蓄積されていく。
「まいったな」
「え……⁉ え、な……」
「え?」
アルヴィスが漏らした声に呼応するかのように、別の声が届いた。女性の声だ。壁に手を付きながら、足元ばかりを見ていて気が付かなかったが、かなり近くに人がいたらしい。ということは、外に繋がったということだろうか。
その女性の手元には蝋燭らしきものがある。手元にあった状態で、相手の顔は見えない。ただ近くにきたことで、その気配を感じ、アルヴィスは苦笑する。
「まさかこんなところでまた会うことになるとはな。二度と会わないと思っていたのに」
「っ……」
「ということはここは騎士団の地下牢に続くあの場所ということか。確かに君が清掃をしていてもおかしくはない」
古びた布を前に掛け、蝋燭の下には箒や樽が置いてあった。汚れた布が樽の端に掛けてある。こんな時間でも作業中だったのだろうか。
「わ、わたし……その、ここを掃除していて終わったところで」
「わかっている。不可抗力だ」
アルヴィスは顔をあげ、目の前にいる女性を確かめる。首元に在るのは拘束錠。明るかった髪色は、今はハリも艶もなく、ぼさぼさだ。それを一つに束ねている少女、リリアンは恐怖に満ちた顔をアルヴィスに晒していた。こうして顔を合わせるのはいつぶりだったか。当初の面影など全くない様子でいるリリアンに、アルヴィスは自嘲気味に笑った。リリアンからすれば、アルヴィスはいつでも自分を殺せる相手だ。そんな相手が目の前にいるだけではなく、この状況である。恐怖を感じても無理はない。
ふとアルヴィスは何気なく背後を振り返った。先ほどまで歩いてきた回廊が見える。
「一つだけ、答えて欲しい」
「は、はい!」
「俺が出てきたところ、君には何か見えるか?」
「え……? その……壁、ですけど」
ということはリリアンからすれば突然アルヴィスが姿を見せたことになるのか。この先の道も、恐らくアルヴィス以外には見えないということだ。
「目……違う?」
「……なんだ?」
ぽつりと独り言のように呟かれたリリアンの声にアルヴィスが反応する。ビクッと肩を揺らし、リリアンは口ごもった。
「言いたいことがあるならさっさといえ」
「その、アル、ヴィス陛下? の目は水色、だった気がして」
「それがどうかしたか?」
「右だけ、赤っぽい……紫みたいに見えて」
目の色が違った。リリアンの言葉にアルヴィスは反射的に右目を抑えた。そんなことをしてもわかるわけがない。ただ紫と言われて、脳裏にゼリウムの姿が過る。
「えっと、ちょっとだけ見えただけで、気のせいだったかも……?」
「……」
今は戻っているらしい。一瞬だけそう見えた。リリアンは確かにそういった。それを信じるかどうかは別として心当たりがないわけでもないため、アルヴィスは溜息を吐いた。ひとまずはそれは後回しだ。アルヴィスはリリアンの横を抜けようと壁から手を離し、身体を起こすと足を動かそうとした。その一瞬、目の前が真っ暗になり、その場に膝を突いてしまう。
「あ!」
「触るなっ」
膝を突いたところでリリアンが手を伸ばしてきたが、アルヴィスはそれを振り払う。怯えたように手をひっこめたリリアンだったが、何を考えたのか箒などはそのままにして走り去っていった。一人になったところで、アルヴィスは壁に背を預けるようにして座り込む。何度か深呼吸を繰り返したところで、複数の足音が聞こえてきた。
「アルヴィス様⁉」
「……」
見知った声、エドワルドのものだった。顔を上げてみれば酷く焦った顔をしながらエドワルドが駆け寄ってくるのが見える。
「一体何があったんですか⁉」
「……悪い、後で説明する」
「アルヴィス様?」
「エド、あとたのんだ……」
それだけ告げると、アルヴィスはエドワルドにもたれかかるようにして頭を預け、目を閉じた。




