10話
引き続き回収と伏線です(;^ω^)
アルヴィスも一人の人間ですので……
わずかに痛む頭を抑えながら、アルヴィスはその場に立ち上がる。何度も深呼吸をし、痛みが引いたところで右手を持ち上げて眼前で止め握りしめた。
「残滓、最期の力か」
己の中に溶け込んだそれ。拒否をする間もなく与えられたもの。これが何度目だろうか。そのまま右手を開き、顔を覆ったアルヴィスは自嘲気味に笑った。
「本当に勘弁してくれ……」
この先、ルベリア国王として在るべく精進していかなければならない。ルトヴィスの親としても、エリナの夫としてもだ。それに加えて、あれこれとルシオラの関係者から背負わされることも多い。それが役割だと理解しているし、投げ出そうとは思わない。けれどそれでも……少しくらい不満を言いたくもなってくるのではないか。
今、この部屋には誰もいない。物音ひとつ聞こえない遮られた空間だ。エリナやエドワルド、ディンもレックスもここにはいない。ここでのことは誰にも知られることはないのだ。
近くにある椅子へと腰を掛け、アルヴィスは右足を椅子に掛けるようにして立てると、そこに額を当てながら両腕で抱え込む。
「……」
立ち止まることはできない。既に賽は投げられた。ルシオラは動き出している。今更、アルヴィスが何を想おうとも時間は動き出しているのだから。それでも、この件に関してこれまでたった一つの泣き言も吐かなかったアルヴィスでも、不意に吐き出したくなってしまった。誰にも聞かれることがない場所が、これまで張ってきた障壁を崩してしまったかのように。
「何故、この時……今、どうしてそれが俺なんだ……っ」
一連の出来事に対して待ち受ける結果について。何をしなければならないのかをアルヴィスは確信に近い形で知っていた。誰に言うこともできないが、それが確実に迫ってきていることを感じている。一年前だったならば、ここまで思わなかったかもしれない。だが今のアルヴィスには、守りたいものが増えすぎた。何よりもルトヴィスの存在がある以上、ただ在るがままを受け入れることを忌避したくなる。どうしようもないことだとわかっているからこそ、足掻かなければならない。無論、アルヴィスもそのつもりだけれども、だからこそ思う。何故、それが今のこの時代で、それが己なのかと。
「っ……くそっ」
顔を上げてアルヴィスは舌打ちをし、椅子から立ち上がるとその目の前にある机を蹴り上げた。大きな音を立てて二つに割れる机。その音にアルヴィスもハッと我に返る。何かに当たったところで何も変わらない。それでもアルヴィスには、己の抱えている者すべてを共有できるものはいないのだ。エリナにも、ましてやエドワルドらにも話すことなどできない。抱えていくしかない。総てが終わるまでは。
冷静になったアルヴィスは割れた机を片付ける。誰も入ることはないかもしれないが、そのままにしておくことはできない。端に寄せてからマナを使い、机を消滅させる。少し寂しくなった室内を改めて見回し、アルヴィスは腕を組みながら壁に寄りかかった。
「まずはここから出るのが先だな」
室内の中に先へと続く回廊を見つけ、アルヴィスは身体を起こすとそちらに向かって歩き出した。
姿を消した彼のことは気になる。だがその正体がわからないわけではない。おおよその見当はついていた。それよりも何故ここにいたのか。何故あのような小さな姿を模していたのかが気になった。それに加えてここがどういう意図をもって作られた場所なのかということも気にかかる。彼を守るために創られた場所なのだろうか。それとも別の意図をもっているのか。創られし子というのはどういう意味なのか。
「贖い子といい、創られし子といい……あまりいい呼ばれ方をされないな、俺は」
レンティアースには贖い子と呼ばれた。その意味を言葉通りに受け取るならば、決して良い呼び方ではない。創られし子というのも似たようなものだ。レンティアースとは違い、消えた彼がそう告げたのはアルヴィス自身に対してというよりも、アルヴィスを通して別の誰かを示していたかのように思えた。ルシオラに聞けばこの辺りの疑問が解決するのかもしれない。となれば、近いうちに大聖堂か墓所に出向く必要がある。
大聖堂はともかく、墓所に出向くには色々と面倒な手続きがあるため、一番会いやすいのは大聖堂だろう。できるなら墓所の方がルシオラと一対一で会話ができるため、色々と都合がいいのだけれど。
そんなことを考えながら回廊を進んでいると、その途中の壁に絵が飾ってあった。防腐や保存の効果がここにも及んでいるのか、薄れることも汚れることもないままの絵。そこに描かれている三人の人物が目につき足を止める。それぞれ下に名前が書かれてあったのだ。
「ルシオラとアルティウム、そしてゼリウム」
創世時代に存在したと言われ、今は神となっている二人。そしてマラーナ王国で姿を見せたアルティウム。アルティウムを中心に置き、両手を繋いで歩く家族を描いている絵だった。人物の絵はそれほど大きく描かれていないが、それぞれの特徴はきちんと捉えていた。ルシオラはアルヴィスが邂逅した姿そのままだ。アルティウムとゼリウムはよく似ており、アルティウムは赤い瞳をし、ゼリウムは紫色の瞳をしていた。どことなくアルヴィスにも似ているのがわかる。
「やはり先ほどの彼は……大神ゼリウムか」
女神ルシオラの伴侶であり、スーベニア聖国が主と崇める大神だ。




