9話
伏線回収の回です!
この先も、色々と伏線回収をしていきます。
一番の謎でもあった女神関連の終わりに向けて描いていくつもりですので
どうか見守っていてください!
アルヴィスは薄暗い回廊を真っすぐに進んでいた。手袋を外した右手、その甲に輝く紋章だけでは心もとない。野営や遠征などの経験から、夜目は利く方ではある。けれどもここは外とは違い閉ざされた空間の中。しかもどういう造りか見当もつかない場所だ。見えにくい状況よりも、見知らぬ場所を歩いているという状況の方が精神的疲労を与えてくる。
そんな中で足元を確認しながら、アルヴィスは足を動かす。分かれ道などがないことだけが救いだった。壁に手を置きながら慎重に進んでいると、ちょっとした違和感に気づく。
「……何故、ここはこんなに綺麗なんだ?」
手袋を外しているため、壁の感触がよく伝わってくる。王城の壁とは違う感触。立ち入りがない場所というのは、必然と埃などが溜まっていくものだ。それなのに、アルヴィスの指にはそういったものが付着している様子はない。壁に触れ、埃が飛び散っていれば、空気中に舞うはずだ。警戒はしているが、口を塞ぐなどといった行為はしていない。埃が舞えば、咳き込むなどの反応が出るのが普通だ。だがそういった様子は一切ない。
アルヴィスは騎士団、近衛隊、共に所属していた経験がある。王城の外に出ていく騎士団と、王城・王族を守ることを主目的としている近衛隊。どちらも守るための力だが、騎士団は外、近衛隊は内を守るための力だ。王族を守るために、近衛隊はこの王城の構造についても熟知している必要がある。万が一、何かしらの事態が起きた場合、王族を守り脱出することも有り得るからだ。そういった隠し通路的な場所は、どの国の城にも存在する。
当然、ここにも隠し通路はあり、アルヴィスも近衛隊士の時に教えられていた。といっても教えられるのは一部のみであり、すべての隠し通路を知るのは近衛隊長、副隊長に限られる。そして国王と王太子にもそれは伝えられていた。アルヴィスが全ての隠し通路を知ったのは、王太子としての立場に置かれてからになる。そこですべての道を知ったはずだが、ここは含まれていない。
仮に、知られていない隠し通路があったとして、ここまで埃やチリ一つ落ちておらず、壁の劣化さえも起きていないのは不自然すぎる。
そんなことを考えつつ、それでも進むしかないと足を動かした。階段を降り、少し開けた場所に出る。近くには机があり、更にその傍には蝋燭が乗せられている皿のようなものが置いてあった。皿には取っ手がついている。アルヴィスはマナを使って小さな火を創ると、蝋燭へと近づけた。薄暗かった空間に火が灯る。辺りが照らされるだけで、心なしか安堵の息が漏れた。
マナを操れば、火を使って辺りを照らすことは可能だ。だがマナを放出し続けるということは、常に集中力をマナに注ぎ続けなければならない。何があるかわからない以上、長時間のマナの行使は避けたかった。そもそもマナの放出に意識を集中させていては、調査をすることは難しい。考え事をする際には向いていない使い方だ。だからこそアルヴィスも周囲に気を張ることを優先し、敢えてマナを使うことはしなかったのだから。
「……ここは」
視界が広がり、明るさを得た。改めて辺りを見回すと、ここがどういう空間なのかが見えてくる。王城の中の一室程度の広さ。机と椅子、そして棚が置かれていた。禁書庫の先にあるものということから、何か書物を納めているのかと想像していたのだが、どうやら違うらしい。書物のようなものは見当たらず、棚にあるのは筆とインクボトル、それと小さな小瓶が置かれているだけだ。
アルヴィスは筆を手に取ってみる。ここに来るまでの壁と同じく、埃一つ被っていない。既に入口は閉ざされてしまっているが、ここはおそらく禁書庫と同じような力で保存されている場所なのだろう。あの部屋も特殊な力で保存されている。問題は何もないようなこの部屋が、どうして貴重な資料を保存している禁書庫と同じような力で保護されているのか。そして何故今この時、この場所にアルヴィスが入ることができたのか。
「理由は明白、か。これ以外には考えられないが、だが何故今なんだ……」
アルヴィスが女神ルシオラの加護を得た人間だから。確かにそれが理由ではある。けれどもアルヴィスが禁書庫に立ち入ったのは今日だけではない。何度もここには足を運んでいる。何故、今この時に開かれたのか。それがわからない。
ここが開いた時、アルヴィスが手に取っていた書物は大聖堂に関するもの。禁書庫にも、王城にも関わることではない。最後まで読んではいなけれど、あの先には女神に関連する何かが書かれていたのだろうか。
『……この地に、その足を踏み入れし者……か』
「なっ……⁉」
その時だった。アルヴィスの脳裏に、声が届く。まるで頭に直接語り掛けるような声だ。それは聞き覚えのないものだった。ルシオラに関わることであれば、彼女が直接アルヴィスに声を掛けてくる。けれど、この声はルシオラではない。
「何だ……」
『贖いの子……創られし子か……なるほど、良く似ている』
先ほどよりもはっきりと届いた声。アルヴィスの前に光の粒子が集まってくる。そうして形どったその姿はアルヴィスの手のひら程度の大きさだ。しかしその顔は見覚えが有り過ぎるものだった。大きさは違うし、瞳の色も紫色だ。だが姿そのものは、アルヴィスやアルティウムとよく似ている。
「あな、たは……」
『我は残滓にすぎん。世のためにその身を注いだ男の成れの果て……名など当の昔に忘れた』
成れの果て。その言葉を聞いた途端、アルヴィスを頭痛が襲う。頭を抑えながら、膝を突く。脳裏に過るのは、かつて大聖堂で視た光景だった。昏い瘴気の中で、男が一人吞み込まれていく様子。それを見ているルシオラ。嘆きの声をあげている様子が思い出される。
次に浮かんだ光景は全く別の場所だ。白銀の髪、先日会ったレンティアースと似たような衣をまとった女性。その目の前にいるのは、二人の男女。女は緑色の髪に褐色の肌、そして特徴的なのは耳が鋭く尖っていることだろう。それに寄り添う男は白い肌に金髪の男。こちらは普通の人間に見える。その二人の身体が少しずつ鉛色に変化していった。
「っ」
『そうか……あの後はそうなったのか。運命とはよく言ったものだ……どこまでも優しく、そして残酷だ』
膝を突くアルヴィスの前へとその小さな身体が移動してくる。そして優しく微笑みながら、その手を頭を抑えるアルヴィスの手に重ねた。
『お前にこれを……我の残滓、最期の力を授けよう』
「え……」
『どうか、あれを止めて欲しい。我に後悔はないのだと……そう伝えてくれ……』
差し出された紫色をした光の粒子がアルヴィスの中へと吸い込まれていく。それを確認し、再びアルヴィスが前を見れば、既に目の前に彼の姿はなかった。




