閑話 臣下として見た姿
「キリアス」
「最初に申し上げた通りです。私は思ったことをそのままお伝えしたまで」
「わかっている。だが……」
アルヴィスとの謁見を終えたキリアスは、父である宰相に半ば強制的に執務室へと連行された。そう宰相の執務室へと。執務机の奥、その椅子に座る宰相の前に立ったキリアス。腕を後ろ手に組んで背筋を伸ばす。親子であろうとも、公私は分けなければならない。ここは王城であり、父の仕事場なのだから。キリアスの発言に納得がいっていないらしい宰相は、眉間に皺を寄せて険しい表情をしたままだ。
「陛下はさして気になさっている様子ではありませんでした。外から来た人間がそう評価することもわかっていたようですね」
告げた時のアルヴィスの表情、その後の発言。アルヴィスは憤ることもなかった。面と向かって国王に異論を告げたキリアスに対し、気分を損ねることもなかった。ただあるがままを受け止めていた。驚く様子もなかったことから、ある程度は予想の範疇だったのだろう。
「国内外からの言葉を耳にする機会は少ないが、それでも全くゼロというわけではない。しかし陛下は知っていたわけではないのだ」
「えぇ、ですからわかっていたとお伝えしたのです」
国王として即位しひと月あまりが経過した。国内の評価はキリアスは良く知らない。けれど国外からの評価は耳にすることがある。
曰く、出来の悪い従弟の尻拭いをさせられた哀れな人物。守られる立場でありながら、二度も負傷したという意味では良くも悪くも巻き込まれ体質の持ち主。創建の女神とも言われるルシオラの加護を得たということから、そういう運命の下に生まれたのだろうと揶揄されてもいる。
「ただ例の件については、少々腑に落ちません。宰相である貴方も何故意見しないのですか?」
「リリアン・チェリアの件は……先代陛下を始め、多くが処刑を望んだ。だが陛下はそれを良しとしていない」
「……陛下の独断というわけですね」
一国の王太子を誑かし、混乱を招いた下手人に対して随分と甘い。仮にも国を乱したのだ。男爵家の令嬢だったとはいうが、慈悲を与えるほどの貢献をしていたわけでもない家の庶子。生かす意味などない。
「よほど気にいったのですね、その令嬢が」
「その逆だ」
「え?」
「陛下からすれば、あれは嫌悪の対象。生かす価値はない。だが……安易な死を与えることもさせたくないと」
安易な死。その言葉にキリアスは首を傾げる。死は最後通告。最も罪深い者に与えられる処刑方法だ。それを安易だとアルヴィスは話していたらしい。その意味がキリアスにはわからなかった。
「陛下が仰っていた。許せない、と」
「どういう意味でしょうか?」
「確かに死を与えることで、その者の存在が消え、被害を被った者は救われることもあるだろう」
「えぇ、その通りです。ですから――」
「だが罪人は消えても、その罪自体が消え去ることはない。生きていれば、罪人も消えることもない。今もあの者は、いつでも消されるという恐怖の中で生きている」
死を迎えて消えさることと、死の恐怖を身近に感じながら生き続けること。どちらが苦しいと思うか。宰相にそう問いかけられた。
死は無。罪人は何も感じることはない。消えると言うことはそういうことだ。だが生きていれば違う。常に死を感じさせられる恐怖。罪人として扱われ、そこから逃れることができない地獄。人として扱われることなく過ごす生涯にどれだけ価値があるか。確かにそちらの方が苦しいかもしれない。
「……なるほど。確かに私の方が間違いだったようです。生き地獄を与えるというのは、死を迎えることよりも苦しい」
「王妃殿下は許していらっしゃるが、陛下はあの者を許しはしないのだろう」
被害者の一人であるはずの王妃が許している。それはそれで甘いが、確かに当時は公爵令嬢だった王妃にも責任がないわけではない。最終的な判断を下すのはあくまで国王であるアルヴィス。アルヴィスが許さないのであれば、王妃が許そうが関係ないということだ。
「マラーナの件についても色々と思うところはあるだろう。だが陛下は他国の者よりも、我が国の騎士を守りたかったのだ。それゆえの決断」
「……」
「甘いと言われようが、陛下にとって騎士はただの歩兵ではない。共に鍛錬をし、過ごしてきた時間が陛下と騎士たちの間に存在する。ゆえに放っておくことはできなかったのだ。だからこそ、誰も陛下の判断に否を唱えることはしなかった」
アルヴィスが騎士団を経て近衛隊に異動し、王太子となったことはキリアスも知っていた。情に絆されたといえば聞こえは悪いかもしれない。でもそうした判断を下した国王に対し、騎士たちはより忠誠を誓うことだろう。既に掌握している状態で何をとは思うが、それだけでアルヴィスという人柄が垣間見えた気がした。
「身内に甘いと言われようが、時として厳しい判断を下すことも厭わぬお方だ。その手を汚すことさえ構わぬところは、多少勇んでいるようではあるが……それでも王として仕えるに足るお方だと私は思っている」
「なるほど」
「お前がどう考えるかはお前次第だ。ひとまず文官として働いてもらうことになる。その先はお前自身が見定めればいい」
王城で働いていきながら、その道を見定めろと。宰相の息子だからと、安易に宰相になれるとは思っていない。だが志さなければその道さえなくなる。まずは宰相にその働きを認めてもらうところからだ。
「わかりました。よろしくお願いいたします、宰相閣下」




