4話
それから三日後、アルヴィスはリヒトとラクウェルを執務室に招いていた。先に姿を見せたのはリヒトだ。どこか疲労感を滲ませた様子で現れたリヒト。あまり見せることのない姿にアルヴィスは驚いた。
「リヒト、何かあったのか?」
「あったっていうか……なんだろ、凄く疲れた気がする」
「珍しいな、お前が」
ソファーに座るなり膝に腕を乗せるようにして項垂れている。今日に限ってはリヒトもいつもの白衣姿ではなく、貴族服に近い様相をしていた。対面に座りながら、アルヴィスはそのことを尋ねてみる。
「あぁ、これはベルフィアス公爵家の人に貰ったっていうか、押し付けられた」
「ベルフィアス家の? なんでお前に?」
「……お前の親父に連れてかれたんだ、この前」
連れていかれた。ラクウェルに。二人だけで会いたいとラクウェルは話していたので、その際にリヒトを連れ出したのかもしれない。それにしても押し付けたというからには、屋敷に置かれていたものということだ。
「お前のおさがりみたいなもんだろうけど、その様子じゃ知らないんだな」
「……悪い」
「別にいいけど、お前も無頓着すぎ。お前のもの、結構置いてあったけど袖通したものも少ないって嘆いてた」
リヒトの体格的に、マグリアの服では大きすぎる。だからアルヴィスのものを渡したのだろう。あの屋敷にあっても、もはやアルヴィスが袖を通すことはない。ただ、これまでの印象が強い所為か、リヒトが着ていることに違和感を覚える。似合わないというよりも、着ている印象がないと言った方が正しい。
「よくこんなの着て動けるよな、お前らって」
「慣れ、だろうな」
「姫さんと一緒になるつもりなら、衣装くらいまともなものを着ろって怒られた」
「あはははは」
「笑い事じゃねえ……」
基本的にずぼらなリヒトが良いようにされている。それだけでも笑い話だ。確かに王家の人間であるリティーヌとこれから婚約をしようとしている者が、いつまでも白衣のみでは格好がつかない。外聞は気にしないといったところで、それを重視する人間は多い。見た目を整えることは、貴族として当然のことだ。
「それに国王陛下の下に向かうにしても、白衣は駄目だと所長にも怒られたし、お前のとこの侍女にも責められた」
「嫌になったか?」
どういう理由でベルフィアス公爵家に向かうことになったのかはわからない。だがリヒトの様子から察するに、色々と言われたのだろう。貴族としての在り方、服装一つをとっても柵が多くある。リティーヌと結婚をする上で避けられないものだ。当人たちだけの問題ではない。それが貴族家の婚姻というものだから。
アルヴィスらは生まれながらに貴族だった。だからそういうものだと受け入れられる。特権と引き換えにある責任と義務。雁字搦めにされながらも、その世界で生きていく。これまで平民として生きてきたリヒトにとっては窮屈すぎる場所だ。だからこそ平民と貴族が婚姻を結ぶことは少ないのだろう。どちらかを選択すれば、生まれながらに育ってきた環境と異なる世界で生きることになるから。両方を選ぶことはできないのだから。
この問いかけに、リヒトは首を横に振った。
「嫌にならない。そもそもさ、姫さん以上に俺に付き合ってくれる女もいないだろうし、姫さんの趣味に付き合える奴もいないだろ? 何より、お前やランセルがいるから」
「リヒト」
「面倒だけど、追々やってくしかないんだろうなって思ってるから、安心しろって。俺がそうするって決めたんだ」
「わかった」
これ以上は蒸し返さない。そのために動くと決めたし、リヒトも覚悟したのだから。
そうしているうちにラクウェルがやってきた。予定通り、ラクウェルがリヒトの後見を務める。リヒトに子爵位を与え、当主とする。法衣貴族となり領地は持たない。その他、当主としての義務と俸給についての説明をし、最後に署名を行う。
「婚約後一年を経て婚姻となるのが慣例だが、どうする?」
「そうなのか? アルヴィスは一年以上空いていただろ?」
「……俺の場合は元々春だと決められていただけだ」
元々エリナが学園を卒業してからと決められていたから、それに従うことになっただけだ。わざわざ変える必要もなかったし、アルヴィスとしても状況を整理する時間が必要だった。その時間がなければ、婚姻する時に想いを自覚できていたかどうかも怪しい。
「お前たちの婚姻は、国としての行事の意味合いが強かったからな。だが王太子や国王以外の婚姻は、そこまで時期を気にする必要はない」
「それなら、俺は姫さんと決める方が助かるんですが」
「それでもかまわないだろう。兄上の代わりは私が務めることになってしまうがな」
「むしろリティは父上の方が喜びそうです」
アルヴィスの言葉にラクウェルは苦笑した。父親としてギルベルトがリティーヌの婚姻に関わることはできない。リティーヌが首を縦に振らないだろう。既に関係を修復する段階は過ぎてしまった。
せめて顔を見るだけでも参加できればいいのだろうが、それさえもリティーヌが認めるかが怪しい。それがわかるからラクウェルも複雑なのだ。
「私は明後日には領地へ戻る。何かあれば連絡してくれ。アルヴィスも、それにリヒト、君も」
「ありがとうございます」
こうして新たな貴族としてリヒトはルベリア王国に名を残すこととなった。この翌日、リティーヌ王女の婚約が整ったと全貴族へ通達された。その相手が新興貴族となったリヒト・フォン・アルスターであること、そしてベルフィアス公爵家が後見人を務めるということも。
リヒトとリティーヌの婚約成立です!
幸せになってほしい二人なので、一安心してます(*´ω`)




