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【Web版】従弟の尻拭いをさせられる羽目になった  作者: 紫音
第三部

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第一章 軌跡の跡 プロローグ

新章開始!


 戴冠式を終えた翌日。アルヴィスが目を覚ますと、胸の上に頭を預けるようにして眠っているエリナの姿が見えた。穏やかな表情をしている。こうして目を覚ますのはいつぶりだろうか。少なくともルトヴィスが生まれてからは初めてだろう。エリナを起こさないように気を付けながら頭をベッドへと下ろし、アルヴィスは身体を起こす。


「ルト?」


 視界に入るのは小さな赤子用のベッド。ほぼ毎日のように夜中に起こされていたのだが、昨夜はそれもなかった。訝し気に想ってアルヴィスはルトヴィスが寝ているだろうベッドに近づく。そこには親指を口に含み、もぐもぐと動かしている様子のルトヴィスがいた。これはルトヴィスがミルクを飲んだ後にする仕草の一つである。そのことから何が起きていたのかは予想できた。


「気づかなかったな……」


 夜中のルトヴィスの泣き声に気が付かなかった。ちらりとエリナの方を窺えば、まだぐっすりと眠っている。まだ何度もミルクを飲むルトヴィスに対し、エリナは変わらずミルクを飲ませていたのだろう。昨夜は戴冠式にも参加し、疲れていたというのに。そして同じく疲れていたアルヴィスを起こさぬようにと気を遣ってくれたのだ。


「ごめんな」


 その目には涙の痕も見える。どれだけ泣いたのかはわからないが、それでも気づかなかった。そのことを謝りつつ、ルトヴィスの頭にそっと触れる。まだ眠っているのだから起こさぬようにと。

 エリナとルトヴィスはまだしばらく起きないだろう。アルヴィスは物音を立てないように注意しながら、隣にある私室へと向かった。


 後宮の作りは以前住んでいた王太子宮と基本的に似ている。国王と王妃の部屋は寝室で繋がっているのは同じ。食堂、サロン、そして侍女たちの部屋もある。その中で異なる点といえば、側妃たちへの部屋がこちらからは完全に閉ざされている点だ。

 王太子宮ではアルヴィスの私室から向かうことができた。扉の位置は正妃であるエリナの視界に入らないように配慮はされていたが、回廊を繋いで同じ空間にあるものだった。けれどもここでは、そもそも国王と正妃の生活空間とは離されている。ここから直接向かうことはできず、一度後宮の外に出てから向かうことになる。それも王妃に対する配慮なのだろう。尤も、アルヴィスがそちらを使うことはないけれど。


「おはようございます、アルヴィス様」


 部屋に入ると、既にそこにはエドワルドが待機していた。王太子宮にいた頃、エドワルドにも宮内に私室が与えられていたが後宮にはない。王城内にある国王の私室の近くに新たに部屋が用意されていた。後宮内で男が夜を過ごすことは基本的にないからだ。出入りできる男も、限られたもののみ。専属の近衛隊士であっても、夜の警備として後宮内に配備されることはない。


「おはようエド」

「本日も鍛錬に向かわれるのですか?」


 途中で目覚めることはなかったが、起きた時間は鍛錬をしている時と同じ。エドワルドの言い方には、昨日の今日で鍛錬に行くつもりなのかという非難めいた意味合いが含まれていた。そんなエドワルドに対し、アルヴィスは頷きを返す。


「昨日の今日とはいえ、俺自身が何か変わったわけじゃない。それに今日だからこそ行っておきたい」

「……貴方らしいといえばそうですね。わかりました」


 いつものように着替えを済ませてから、アルヴィスはエドワルドと共に近衛隊詰所へと向かった。この時間に顔を見せるということは、鍛錬に参加するということ。近衛隊士らもそれは理解している。それでもアルヴィスがいつも通りに姿を見せたことで、驚きを見せている隊士らも何人か見かけた。


「陛下、おはようございます」

「おはよう、ハーヴィ」


 そんなアルヴィスに声を掛けてきたのは、しっかり者の副隊長だ。隊服をきっちりと着こなしているところがハーヴィらしい。その後ろから来たルークはいつものように着崩していたから余計に。


「こんな日にも朝から来ることはねぇだろうに、陛下」

「こんな日だからこそ、いつもと同じに来たんだ」

「ほんと、お前も真面目っていうか」


 陛下という呼称を使いつつ、ルークはこれまでと同じようにアルヴィスと会話をしてくれる。頭を左手でガシガシと掻きながら、もう片方の手には模擬剣が握られていた。昨日は公的な立場として傍におり、隊服もきっちりとしていたルークだが、やはりこうしている方が彼らしい。


「昨日は色々とあったから身体も動かしたい」

「だろうな。ならさっさと準備運動してこい。久しぶりに俺が相手してやる」

「……いいのか?」


 アルヴィスの鍛錬の相手は専属隊士らがほとんど。主にディン、レックスらと相手する方が多い。ルークが相手をしてくれたのは、近衛隊士時代は何度かあったが、王太子となってからは最初の頃のみだった。

 ルークが相手をするのは近衛隊士たち。アルヴィスがここにいられるのは例外だ。王太子であれ、国王であれ、近衛隊詰所で日常的に鍛錬するのは異例。そのようなことはアルヴィスとてわかっている。だから専属たちとの間で鍛錬をしていた。間借りしていた、というのが近いかもしれない。だからルークが相手を申し出てくれることが意外だった。


「あぁ。今のお前の実力を俺に見せてみろ」


 ルークにそう言われて嬉しくないはずがない。近衛隊士たちの中で、ルークの実力は別格だ。特に剣技に対して、少なくともルークより強い剣技をアルヴィスは見たことがない。

 走り込み、柔軟を終えたアルヴィスは模擬剣を手にする。軽い剣。昨日、帯剣していた剣は装飾品のようなもので、軽く振り回せるような代物ではなかった。あの格好では振り回すことさえ無理だっただろうけれど。

 正面から向かい合い。ルークが剣を構える。深呼吸をして息を整えたアルヴィスも右手で剣を持ち、まっすぐにルークへと剣先を向けた。


「来い、アルヴィス」


 ニヤリと不敵な笑みを浮かべたルーク。それが合図だと、アルヴィスは地を蹴った。



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