29話
これでこの章は終わりです。
少し幕間、番外編を入れて新章に移ります!
婚約発表を終えると、ラナリスとシオディランの周囲に人だかりができていく。アルヴィスは二人から少し離れて、エリナと共に様子を窺った。
変わらず無表情のシオディランと、にこやかに対応しているラナリス。対照的な二人の様子に思わず笑みが零れた。アルヴィスにとっては妹と友人。よく知るからこそ、二人にとってあれが通常運転なのだとわかる。シオディランに至ってはマシな方だ。
これは当人の意志で決められた婚約ではない。ベルフィアス公爵家とランセル侯爵家との間に交わされた政略結婚だ。二人の間に親しい雰囲気がなくとも気にする人間などいない。政略結婚はそれが当たり前なのだから。
「ユスフォス公爵夫人とクラリネス公爵夫人だな」
「はい。お二人とも先ほどご挨拶しましたが、この婚約をとても喜んでおりました」
「そうか」
四大公爵家の当主へは事前に伝達済みだとラクウェルも言っていた。その夫人らがラナリスの傍に歩み寄っている。リトアード公爵家、ベルフィアス公爵家を含んで、この四家がルベリア王国の四大公爵家。夫人らの行動は、双方の公爵家がこの婚約を祝福していると対外的にも見せる意味合いも含まれている。
アルヴィスが即位した今日、ラナリスは王妹という立場となった。王妹を望む家は少なくない。好意的な姿勢を見せる分にはやりすぎということはないだろう。ラナリスを嫁にと望む家があったとしても、その逆はない。むしろシオディランでいいのかという意見さえ出てきそうだ。
「ランセル卿とラナリス様、お二人が並ぶとなんだかあるべくしての姿なのだと思いました」
「……理由は聞かないでおく」
「うふふ。でも、確かに面差しはアルヴィス様とラナリス様のお二人はよく似ておられますが、それでも違いますよ」
二人並ぶ姿をアルヴィスも見つめる。シオディランにとっては複雑な想いがあるかもしれない。しかし貴族家嫡男としての責任も意味も理解している男だ。相手が定められた時点で、誰であろうとも誠実であろうとするだろう。ラナリスとアルヴィスは顔の作りが似ているだけなのだ。シオディランが複雑なのは、顔が似ているのではなくアルヴィスの妹だからという1点でしかない。
「ラナリス様が仰っておりました。ランセル卿との会話のほとんどがアルヴィス様とのことだと。学園生活の話題を聞くのが楽しいと」
「まぁそうなるよな」
「学園生活のことは全く教えてくれなかったと、以前ラナリス様から聞いておりました。ラナリス様も楽しんでおられます。政略ではありますけれど、私たちと同じように互いを想う夫婦になりたいと」
学園在籍時、エリナはラナリスと何度かお茶会をすることもあったという。卒業してからも、手紙を交わしているのは知っていた。女性同士の会話に関わると碌なことがないのは経験済み。それが妻であっても妹であっても。だから内容は一切知らないし、聞くこともしなかった。その中で交わされた会話なのだろう。
「ラナリスには幸せになってもらいたい。だが、シオが誰か女性を伴う姿というのはしばらく慣れないと思う。ハーバラ嬢ならともかく」
「しばらくは騒がしくなりそうですね」
「ここ数週間だけで話題だけはたくさんあるからな」
王子誕生から始まってアルヴィスの即位、王妹の婚約。話題には事欠かない。今はそれだけルベリア王国が平和だという証でもある。マラーナの件があってから多少なりとも陰りが見え、瘴気の発生が頻発していることもあり、こういった慶事によって少しでも国民の心が明るくなってくれるのならば、いくらでも広告塔になる。
「エリナ、そろそろ頃合いだろう。君は戻ってくれ。ルトのことを頼む」
挨拶周りも、ラナリスの婚約発表も終わった。夜会もそろそろ終盤に差し掛かる。事前にこの辺りで退出させるつもりだった。まだエリナはそれほど長時間のパーティーに参加させるような無理はできない。ルトヴィスも今頃泣いていることだろう。ミントが傍にいるが、それでも母親には敵わないのだから。
「わかりました。アルヴィス様も、あまりご無理をなさらないようにしてください」
「あぁ、わかっている」
ラナリスの婚約に沸く会場をエリナがひっそりと後にした。
「今宵はめでたいことですね、ルベリアの王」
「……レンティアース嬢」
来賓たちと会話を交わしていると、一人の少女が声を掛けてくる。ちょうど会話が途切れたところを見計らったのだろう。彼女は一体だれか。そんな視線を浴びせられ、アルヴィスはスーベニア聖国からの賓客だと説明した。レンティアースが女王の名代で来ていると宗教国家であるスーベニア聖国の名を出すと、彼らはアルヴィスとレンティアースを見比べて納得顔をして離れていく。二人の会話に立ち入ってはいけないと思ったのだろう。アルヴィスが女神ルシオラの加護を得ていることは有名だ。そしてスーベニア聖国がそれを重要視していることも。
「皆、気が利く者です。助かります」
「そういう風に仕向けたのは貴女ではありませんか」
わざわざタイミングを狙い、女王という言葉を使うことで。
「名代というのは初耳です。そういう扱いをしてほしくないと言ったのは貴女からだったと思うのですが」
「無論そうです。名代で来たつもりはありません。ただ直接顔を見たかったと言えば、納得してくれますか?」
「……それは私ですか? それとも彼女についても?」
視線だけでアルヴィスが示したのはテルミナだった。先ほど挨拶をしたテルミナは、初めて会うエリナがお気に召したようで、幾度かグレイズに態度を窘められていた。マラーナで会った時よりも少しだけ大人しく見えたのは、それだけ教育を受けたからだろう。いずれは皇妃となるために。
「彼女に会いたかったのは確かにその通りです。私の呼びかけには応じてくれませんでしたので。ただ、彼女は鈍感なようですから、あぁいった手段をとっても無駄だということがわかりました」
「……」
「かの武神の気性を継いでいるのであれば当然でしょう。あれは色々とおおざっぱなところがありましたから」
レンティアースの話しぶりに違和感を覚える。テルミナにはここで初めて会ったはずだ。けれど彼女の話しぶりはまるで、良く知る友人に向けられるようなものだった。
「貴方も同じですよ。責任感が強くて真面目で、融通が利かないところは変わりません。そこはルシオラではなく、ゼリウムの血筋かもしれませんが」
「貴女は一体……」
創世神話に出てくる神たちをあたかも親しい間柄のように話すレンティアース。アルヴィスは背中に冷や汗が流れるのを感じた。これまでに感じたことのないもの。目の前のレンティアースはシスレティアとは比べ物にならない。実際に会えばわかる。おそらくアルヴィスよりも、そのマナの保有量は上だ。顔色を悪くしたアルヴィスに気づいたのか、レンティアースは柔和な笑みを浮かべた。
「失礼しました。久しぶりにそのマナを感じたので、私も気が高ぶってしまったようです」
「……いえ」
レンティアースからその力の威圧感が薄れていく。知らず知らずのうちに息を止めていたアルヴィスは、ほっと息を吐いた。
「アルヴィス殿、とお呼びしてもよろしいですか? それともルベリアの王の方がいいでしょうか?」
「……アルヴィスで結構です。貴女に王と呼ばれるのは、言葉には言い表せませんが違和感がありますので」
「そうですか。ではアルヴィス殿、貴方にお願いしたいことがあります。これはスーベニア聖国からのではなく、私個人としてのお願いです」
聖国ではなく、個人的なものだと前置きしたレンティアース。わざわざルベリア王国に足を運んでまでアルヴィスにお願いしたいこととは一体何か。アルヴィスは何を言われるのかと身構える。
「瘴気を浄化する際に使っているという霊水。その上の力を持つ神の水、神霊水を製造していただきたいのです」




