22話
ちょっと甘い雰囲気が欲しくなりましたw
大聖堂から王城へ戻る。それだけのことだが、まだアルヴィスの中には倦怠感が残っていた。それでもルシオラとの邂逅の後の状況から見れば回復しただろう。大司教が大分無理をしてくれたお陰だ。後日、改めて礼を伝えに行く必要はあるだろうが、今日は残念ながら時間がない。
馬車を使い王城へ戻り、その足でアルヴィスはパーティーが開かれている会場近くの控室へと向かった。
「アルヴィス様……お疲れのようですが、大丈夫ですか? 少し休憩を取られた方が宜しいのではありませんか?」
入るなりそう声を掛けてきたのはイースラだった。流石に幼馴染の目は誤魔化せないらしい。アルヴィスはゆっくりと首を横に振る。
「大丈夫だ。それより、会場の様子を教えてほしい」
「……承知しました」
何か言いたげなイースラだったが、それでもこちらの意図を汲んでくれたらしい。予定より遅れての到着となったことはイースラもわかっている。そして先延ばしにすることはできない状況だということも。イースラはそれ以上追及することはなく、会場の様子について教えてくれた。
軽い食事を摂りながら話を聞くアルヴィス。今のところは何事もなくこちらは予定通りに動いているようだ。尤もエリナがいるのでさほど心配はしていない。こういう時にエリナ程頼りになる相手はいないだろう。
「それではエリナ様をお呼びしてまいります」
「頼む」
立食パーティーはもう少し続く。顔を出し、挨拶をする程度の時間しかない。懐からアルヴィスは懐中時計を取り出す。余裕をもって組んでいたはずが、それでも少し時間が押している。気にするほどの差異ではないにしろ、この先もあまり余裕はなさそうだ。
この後の動きを頭の中で確認していると、エリナが扉から入ってくるのが見えた。少し駆け足気味にこちらへ来るエリナを見て、思わず頬が緩む。
「お帰りなさいませ、アルヴィス様」
「ただいまエリナ」
立ち上がりアルヴィスはエリナを出迎える。見上げてくるエリナの顔を見て、ふとその顔色に疲労が滲んでいるのを感じ取った。こういった場でエリナが疲労を顔に出すことは珍しい。アルヴィスはその頬に手を添えた。
「何かあったか?」
「え? あ、その……何でもありません」
「だが……」
何でもないという顔色ではない。けれどエリナは首を横に振り、気にしないでほしいとアルヴィスの追及を遮る。何かあったのは確実だ。更にアルヴィスが何かを言い募ろうとしたところで、エリナは頬に添えられていた手を掴み下ろさせるとそれをそのまま握りしめ、アルヴィスをもう一度見上げて微笑んだ。
「本当に何でもないのです。それに、アルヴィス様も何かおありになったのではありませんか? 戴冠の儀よりも酷くお疲れのように見えます」
逆にエリナからそう告げられてしまう。無論、倦怠感も残っているし、疲れていないとは言えない。イースラにも気づかれたのだから、エリナも気づくのは当然だ。そしてその理由を告げることはアルヴィスにはできない。エリナもそういうことなのだろう。
「……参ったな」
「うふふ」
お互いこれ以上は今話すべきことではないということだ。時間も迫っている。
「わかった。色々と言いたいことはあるが、今は後にするよ」
「はい。私も……皆様がお待ちです。参りましょう、アルヴィス様」
「あぁ」
まだ終わっていない。否、始まったばかりだ。それでも少しくらいはいいだろうかと、アルヴィスは掴まれたままの手を引き、エリナを己の胸に中に抱き寄せた。
「あ、アルヴィス様⁉」
「……少しだけだ」
「……はい」
されるがままにエリナも目を閉じてアルヴィスの胸の上に顔を寄せる。結い上げられた髪を崩さないように、アルヴィスは目を閉じてエリナの背中に手を回した。
時間にしてほんの数秒。そのままアルヴィスは深呼吸をしてから手を緩める。たったそれだけで、疲労感が薄れるような気がした。やはり随分と疲れているのだろう。
「悪い。そろそろいくか」
「……」
「どうかしたのか?」
向かい合ったままでアルヴィスがそう告げると、エリナは答えずにじっとアルヴィスを見上げたままだった。どうしたのかと訝しんだアルヴィスが首を傾げると、エリナは両手を伸ばしてアルヴィスの頬を包み込むように添えてくる。かと思えば背伸びをした形になったエリナが触れるだけのキスをしてきた。
「エリナ?」
「私もずっとアルヴィス様に触れたいと思っていました」
わずかに頬を染めたエリナ。思わずその頭に手を触れそうになり、アルヴィスは手を止めた。行き場を失くした手を顔に当てて、溜息を吐く。
「この先は……終わったら、だな」
「っ……はい。その申し訳ありません、つい」
「いやいいんだ」
これ以上エリナに触れてしまえば、髪型も崩してしまいそうだし、何よりもこの正装では動きにくい。顔見世まで終われば一度着替える時間も休憩時間もある。それまではお預けだ。
「それじゃあ、いこうか」
「はい」
気を取り直して深呼吸をし、アルヴィスはエリナに右手を差し出す。エリナは自然と手を重ね、腕へと手を移動させた。大きな扉の前まで移動すると、もう一度アルヴィスはエリナを見る。強く頷くエリナと共に、開いた扉の先へと足を踏み出していった。




