閑話 迎えた門出の日
レックス視点でのお話になります。
過去の回想が半分w
それから数日後……。
「とうとうこの日が来たか……」
まだ薄暗く、陽が顔を出したといったところだ。レックスは薄汚れた隊服を脱ぐと、近衛隊士としての正装へと着替える。近衛隊士の隊服は動きやすさをメインに作られているが、正装はその限りではない。外套を羽織らなければならないからだ。帯剣をして外套を羽織れば、外套の長さが剣先を隠してくれる。できる限り武器の存在を目立たなくさせることが、儀式の場の警護を務める近衛隊士に求められていた。
身支度を整えたレックスは、時間を確認する。どうやら集合時間には間に合いそうだ。そのことに気づき、レックスは安堵の息を漏らす。そうして出ていく前に、レックスは改めて部屋の中を見まわした。
「あいつが同室だった時は、狭く感じたんだけどな」
もう二年も前の話だ。アルヴィスがこの部屋にいたのは。
突然だった。レックスが休んでいたところに、王城の侍女たちが現れて、アルヴィスの荷物を運んでいった。何事かと思ったが、侍女たちに尋ねることはしなかった。彼らが答えられないことはよくわかっていたから。だからアルヴィスの帰りを待った。
戻ったアルヴィスから告げられたのが、近衛隊を辞するということだった。問題を起こした王太子の代わりを務めることになったと。あの時のアルヴィスの顔は、レックスも覚えている。どうすることも出来ない状況に置かれ、ここにまだ未練があるといった表情だった。断ることなどできるはずもない。レックスとて貴族の一員だ。義務と責任を背負う家に生まれた以上は従うしかない。レックスもアルヴィスも、貴族としてたくさんのモノを享受してきたのだから。
王太子となったアルヴィスは遠い存在になった。なったはずだった。いつかはその近くに侍ることを目標とはしていたが、こうも早く傍に行くことになるとは思っていなかった。レックスは己が専属となるように告げられた日のことを思い出していた。
『近衛隊にいる人間はほぼ全員があいつの先輩だ。だがそれでも王族となったあいつにあれこれと言える人間はそう多くない』
『ですがルーク隊長、俺はアルヴィスと同期です。隊の中では下っ端ですよ?』
『専属筆頭にはディンを付ける。お前をアルヴィスにつけるのは実力よりも重きを置きたいことがあるからだ』
『あんまりはっきり言われると、俺もきついんですけど』
アルヴィスの専属となり、傍に行くようにルークに告げられた時、レックスは異論を唱えた。無論、その人事に不満があったというわけではない。自分でも近衛隊士の中では実力が下の方であることなどわかっていた。近衛隊士は誰もがエリートだ。近衛隊士であること自体がルベリア王国でかなりの実力者だという証でもある。レックスは己が弱いとは思っていない。けれど隊士の中には己よりも強い隊士が沢山いることもわかっていた。だから素直に喜べなかったのだ。そのレックスの異論をルークは実力で選んだのではないと言い切った。わかっていたが、はっきり言われるとそれはそれで辛い。だがルークは不敵な笑みを浮かべて笑う。
『何を言ってるんだ。近衛隊にいること自体が優秀だってことだろ? 正直、誰を置いても構わないとは思っている。ただの王族の警護ならば実力以外にも色々と重視することもあるが、相手はあのアルヴィスだからな』
『アルヴィスが実力者だからですか?』
アルヴィス自身が強いから。レックスの言葉にルークは首肯する。ただの王族ではない。剣の心得を持ち、実戦も経験してきた元騎士だ。さらに言うならば、レックスよりもアルヴィスの方が剣の腕は上だった。
『いざとなれば、あいつ自ら剣を振るうだろう。その実力は俺たちが一番知っている。だが問題はそこじゃない。わかっていても、王太子となったあいつに出てもらっちゃ困る場面ってのがある』
『それはまぁ、わからなくもないですが』
『だからこそのお前だ』
『……』
『お前なら言いたいことが言えるだろ? あいつ自身も、一人になることはない』
『隊長、それは……?』
アルヴィスが一人になることはない。つまりルークはアルヴィスを一人にさせないようにとレックスに専属の話を持ってきたのだろうか。レックスが目を瞬いていると、ルークは寂しそうな顔で笑った。
『ベルフィアス公爵閣下からの置き土産だ』
『アルヴィスの父親の……』
『侍従にはあいつの幼馴染が配属される。文官として支えるのはそいつだ。だが武官としての力はないらしい。だからこそ、お前を置きたい。荒事が起きた時でも、あいつと共に戦えて且つあいつを叱咤できる人間ともなれば、お前が適任だろう。それに、俺はお前が弱いとは思っちゃいない』
王太子の警護を任せるには十分な実力がある。そう評した上で、他の連中ではなくレックスを選んだのは、アルヴィスとの関わりの深さだったと。この先も長い付き合いになる。専属となれば、その先にある未来、アルヴィスが王となった時も傍で警護をすることになるだろう。離れることはできない。必然的に、レックスにはあらゆる選択肢が制限されていく。そこには結婚も含まれているだろう。個を優先することはできない。家族とて同じだ。何があっても優先されるのはアルヴィス。すべてを受け入れた上で引き受けるかと問われて、レックスは即答したのだ。
「って、今思えば俺もハスワークと同じってことか」
アルヴィス第一主義であるエドワルドと同列に語られたくはないしそうは見られていないだろうが、専属というのはそういうものなので、周囲からはそう思われているかもしれない。いずれにしろ、レックスはあの日に今の立場を自ら望んだ。ルークからの言葉がなくても、いつかはアルヴィスの傍で守る立場に行きたいと願っていた。ルークのお陰でその道は思ったより早く叶うことになったが、想いは一層強くなっただろう。マラーナの件では特に想いを新たにせずにはいられなかった。あのような不甲斐ない真似は二度としない。そのために強くなると。それはこの先も変わらない。アルヴィスが王となっても。
「それじゃあ行ってくるぜ」
同室者がいなくなった部屋。当然、帰ってくる言葉はない。その扉をレックスはそっと閉じた。




