17話
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その後、アルヴィスは後回しにしていた食事を摂るために、一度宮の中へと戻った。用意された軽食を摂っていると、エドワルドが速足でアルヴィスの下へとやってくる。その表情がどこか焦りを含んでいるので、アルヴィスは眉を寄せた。
「エド」
「お食事中に申し訳ありません。ですが宰相閣下からなるべく早くお伝えするようにと仰せつかったものですから」
宰相からということ。何かしらこちらが想定していない事態が起きたということだろう。アルヴィスは深く息を吐いてから食事の手を止めると、エドワルドが手にしていた手紙を受け取る。そこに書いてあったのは伝言だ。一文のみが綴られた用件のみを伝えるもの。それも宰相らしいと言えばそうではあるものの、アルヴィスを疲れさせるには十分な一言だった。
「アルヴィス様、その……」
「まぁ、これはある程度予想は出来ていた。あの邂逅があったことを踏まえるとな」
「邂逅、ですか? それは一体――」
「こちらの話だ」
そう吐き捨てるとアルヴィスはエドワルドに開いたままの手紙を差し出す。困惑した様子のエドワルドだが、その内容に視線を走らせてから目を大きく開いた。
「これは」
「あちらも世代交代をするということだろう。その前に、正式にその地位を継ぐ前に会っておきたいといったところか」
「ここに記されている方をご存知なのですか? 記載に在るのは名前だけのようですが」
宰相からの伝言。そこにはスーベニア聖国より戴冠式に参列希望ありと書かれていた。その者の名はレンティアースであると。ミドルネームもファミリネームもない。ただその名が書かれていただけだ。それでもアルヴィスには十分に伝わる。この件について知る者は、国王と宰相、そしてアルヴィスだけだ。
「お前には知られても構わないだろう。ここに記された者、それはいずれシスレティア陛下の後を継ぐとされている者だ」
「聖国の、次期女王ですか」
「あぁ」
それだけでかなりの重要人物だということがわかる。ただ今回の参列は次期としての立場ではなく、あくまでスーベニア聖国からの参列者の一人という形で訪問する。ゆえに、宰相からの一文には名前だけが綴られていたのだろう。
「どうされますか? 宰相閣下に何かお伝えすることでもあればお伺いしますが」
「いや。ただわかったとだけ伝えてくれればいい」
「……わかりました」
頭を下げてからエドワルドが去っていく。それを見送ってからアルヴィスは立ち上がった。
「アルヴィス殿下?」
「悪い。あとは下げてくれ」
まだ手を付けていないものはあるが、今は食事をしている気分ではなくなってしまった。用意をしてくれた侍女や料理人には申し訳ないと思う。それでもこれ以上は食が進まなかったのだ。
一度自室へと戻るべきかとアルヴィスが回廊を歩いていると、前から小さな子どもが駆け出してくるのが見えた。リングだ。たどたどしい足取りのままアルヴィスのところまで駆け寄ろうとしたが、その途中で躓き前方から転んでしまった。
「リング⁉」
危ないと思った時には既に倒れていた。床に手を付き座り込んだまま顔をリングは顔を上げる。そして顔をくしゃりと歪ませたかと思うと、目に一杯涙を溜めて泣き出してしまう。
「う…う、うわぁぁぁん」
ゆっくりと近づき、アルヴィスはその場に膝を突いてからリングの頭に手を置いた。顔に怪我はなさそうだが、膝はすりむいている。先ほどまでリングがいたのは中庭であり、そこの地面は芝生で覆われていた。転んだとしても柔らかい地面の上なので、大きな怪我になることはないだろう。だが回廊の床は固い。子どもが来るような想定はされていないのだから当然だ。
「リング⁉ アルヴィス様っ」
リングがやってきた後ろからは息を切らした様子のミントがやってきた。どうやら先に行ってしまったリングを追いかけてきたらしい。一緒に護衛もやってきたので、それすらリングは振り切ってしまったようだ。
「申し訳ありません!」
「いや、リングの行動力が予想外だったということだろう。大きな怪我にならずに済んでよかった」
未だに泣いたままのリングを抱き上げながらその背中を優しく撫でる。落ち着くのを待ってから、アルヴィスはリングをミントへと預けた。
「どうしてここに来てしまったのでしょうか」
「もしかしたら、あそこから抜け出してしまったのかもしれないな」
この回廊の横には生垣があり、その向こう側は中庭と繋がっている。だが小さな体躯を持つ子どもであるリングは生垣の隙間を抜けてきてしまったのだろう。その証拠に、リングの背中には小さな葉がいくつもついていた。
「あう……」
「リング?」
ミントの腕の中で泣き止んだリングは、ハッとしたような顔をしてアルヴィスを指差した。
「こ、こらリング⁉」
「……俺を探していたのか?」
ミントに強引に腕を下げられたリングだが、それでも何かを告げたいようで必死に腕を上げようと抵抗していた。アルヴィスはリングへと顔を近づける。
「とー、ま……あう、ちゅ」
「……」
再び指をさしているのはアルヴィスの髪だった。もしかしたら、マグリアと同じだと言いたいのだろうか。ルトヴィスであればなんとなく伝えてくるのだが、やはりあれはアルヴィスの子だから特殊な例なのだろう。リングが何を言いたいのかは全くわからなかった。
「義姉上は、リングが言いたいことはわかりますか?」
「私も全く……でも」
「でも?」
「もしかしたら、アルヴィス様を探していたのかもしれません」
理由はわからないけれど、先ほどまでいたのにいなくなった。だからその姿を探したのではないかと。
「なんというか……確かにこれでは目を離すことはできないですね」
「はい……」
いつどこで行動を起こすかわからない。ほんの一瞬目を離した隙にどこかへ行ってしまうかもしれない。ともなれば、共に見てくれる人間が必要だろう。確かリングにも乳母はいなかったはずだ。正確には一度乳母をつけたものの、後日解任されたのだが。その辺の事情は詳しく聞いてはいない。
「そういえば今のリングに乳母を付けていないのは何故ですか? この様子であれば、義姉上も大変だったのでは」
「……そうですね。乳母となる候補の方々の態度がその、マグリア様には私以外の妻がいらっしゃらなかったので、あわよくばという方が多くて」
「兄上ならそのような真似させないとは思いますが」
兄夫妻は円満な関係だ。溺愛しているというわけではないのだろうが、ミントを大切にしているというのは伝わってくる。子どもも出来たのだし、今は二人目の妻など求めていないだろう。冷たく一蹴するのが目に見えている。
「そうかもしれません。ですが、そういった魂胆が見え見えなのは気分が悪いとお義母様が断ってしまって」
「母上に言われたら引き下がるしかありませんね」
「はい。だから領都の方で探せばよかったと、あの後お義母様からは言われました。あの地であれば、もしかしたら見つかったかもしれないと」
そういえばアルヴィスの乳母であるナリスも領都出身だった。ラクウェルがベルフィアス公爵家を継いだ頃から務めていた侍女で、タイミングが重なったこともありアルヴィスの乳母となってもらったのだと聞いたことがある。今のベルフィアス公爵家の使用人たちの中に、幼い子を持つ母親はいない。故に外から募集せざるを得なかった。身内から選ぶことができたアルヴィスは幸運だったのだろう。尤も身内の中から選んだ理由は、アルヴィスの事情も多分に絡んでいるのだろうが。
「ですから、妃殿下の件については私も可能な限りお力添えをさせていただきたいと思っているのです。やはりお一人では限界がありますから」
「義姉上……ありがとうございます」




