閑話 義理の弟
この人視点、恐らく初めてだと思います。
ミントです。アルヴィスの義理の姉であり、マグリアの正妻になります。
ミント・フォン・ベルフィアス。それが今の己の名前である。政略結婚という形でベルフィアス公爵家へ嫁いできたミントは、縁戚でもあり現宰相でもあるザクセン侯爵の紹介で、ベルフィアス公爵家へと嫁ぐことになった。実家は伯爵家だ。王城で開かれるパーティーにも何度か参加していたし、高位貴族のサロンや茶会にも参加したことがある。それでも、王家の居住区に足を踏み入れたことはない。そのミントが、夫であるマグリアから頼まれたとはいえ、こうして王太子夫妻の宮へと招かれたのは異例中の異例だろう。
「わざわざご足労いただいて、ありがとうございます義姉上」
マグリアと共にミントたちの方へと歩み寄ってきたのはアルヴィスだ。少し疲れているようにも見えるのは気のせいではないのだろう。ここへ到着した時、彼の侍従からはまだ休んでいると聞いていたのだ。無理もない。戴冠式が迫っているところに、第一子の誕生。王城内も浮足立っているとマグリアも言っていた。
「お久しぶりでございます、アルヴィス様。本日はお招きくださり、ありがとうございます」
立ち上がり深々と頭を下げれば、隣に立っていた息子リングもミントの真似をするようにして頭を下げた。そうしてゆっくりと顔を上げれば、その様子を見ていたアルヴィスが目を瞬かせるようにしている。
「アルヴィス様?」
「いやその……もうそのようなことが出来るのだと思いまして」
アルヴィスの視線はリングへと注がれている。見られているリングはそんなこと気づきもせずに、ミントのドレスの裾を掴んでいた。リングと視線を合わせるようにしてミントはしゃがみ、その小さな頭を撫でた。それだけでリングの表情は笑みに変わるのだ。そんな息子は満足したのかまだ小さな赤ん坊の傍へと歩いていった。生まれたばかりの従弟の顔を覗き込み、不思議そうな表情で見ている。
「お前と最後に会ってから一年近いんだ。そりゃそうだろう」
「そういうものですか」
「あぁ、覚えておけアルヴィス。子どもの成長は早い。よそ見をしていたら、あっという間に大きくなっているものだ。お前がそうだったようにな……」
最後に小さな声で付け足された言葉に、アルヴィスはハッとしたような顔をしてマグリアを見返していた。当のマグリアは優しく微笑んでいるだけだ。困惑したようなアルヴィスを置いて、マグリアはリングの傍に行ってしまう。
アルヴィスになんと声をかけたらいいのか、ミントにはわからない。義理の弟であってもミントからしてみれば、王太子殿下という印象が強い。家族として過ごしたことはほとんどなく、話はよく耳にするものの、本人とは行事の前後で少し言葉を交わす程度。加えて隣にはマグリアがいた。二人だけでアルヴィスと会話をする機会は初めてといっていいかもしれない。
「あの……」
ミントがそう声をかければ、アルヴィスはほんの少しだけ寂しさを交えたような顔で笑みを作っていた。王太子として堂々と前に立つ姿とは違い、それは少し彼を幼く見せる。
「申し訳ありません、義姉上。なんでもありませんから」
「……はい」
問題ないと言われてしまえばミントには何も言えない。義理の姉弟でしかない以上、その奥へ足を踏み入れることなどできないのだから。
エリナと会話をしながら、アルヴィスは第一子となる王子を抱き上げていた。まだ生まれてそれほど日数が経っていないにもかかわらず、その子は大人しかった。アルヴィスに抱かれている間はご機嫌なのか泣くことはなかった。ただ服を強く掴んで離さなかったので、アルヴィスは困っていたようだ。
「とても大人しい子ですね」
「そうだな。アルヴィスによく似ている……」
「そうなのですか?」
アルヴィスとエリナが王子をあやしている様子を見守っていると、マグリアが遠くを見るような目をしていた。生まれたばかりの王子とアルヴィスを重ねているのだろうか。
「あいつもな、生まれたばかりだった時でも、泣きわめいたことなんて数回くらいだった。だから余計にナリスが目が離せないと言っていたよ。大人しくて何をしているかわからないから困るのだと言って」
「まぁ」
「誰がどう見ても、アルヴィスに似ている王子だ。せめてその気性だけは似ないように祈るばかりだな」
「何故ですか?」
「苦労するのが目に見えている」
アルヴィスに似てしまうと苦労する。マグリアが話す意味が全く理解できなかった。アルヴィスはとても優秀な王太子だ。感情が荒ぶるようなこともなく、常に冷静であり、他人を気遣う優しさも持ち合わせている。それでいて決断を迷うこともない。宰相からの評価を聞いたことがあるミントからすれば、アルヴィスに似た方がいいのではと思うのだが、マグリアは違うという。兄だからこそわかる何かがあるのだろう。
「あ、リングが」
「いいさ、放っておけ。アルヴィスならあの程度どうとでもする」
「そういうわけには――」
歩くことが楽しいと思い始めたリングは、広い庭の中を走りまわっていた。おぼつかない足取りで、何度も転びそうになる。助けに行きたいが、常日頃からマグリアに手助けはしないようにと厳命されていた。
そのまま様子を見ていると、予想通りその勢いのままアルヴィスに突っ込んでいってしまう。その腕には王子を抱いているのだ。万が一のことがあってはいけないとミントは動きそうになるが、マグリアの腕がそれを引き留める。慌てるエリナとアルヴィスだが、それでも腕の子は落とすことはなかった。そのままエリナへと子を手渡し、アルヴィスがその場に膝を突き、リングと目線を合わせるようにしている。何か会話をしているのだろうが、リングはわかっていないだろう。
「あいつもいい気分転換になるだろうさ。あぁして甥と遊ぶことなんて、この先何度あるかわからないんだ」
「それはそうでしょうけれど」
「ミント」
「はい」
「戴冠式までという期限はついているが、それでももしその先も可能ならばアルヴィスたちの助けになってやってほしい」
「マグリア様……」
それは弟夫妻を案じての兄としての頼みだ。同じ女性として、同じ子を持つ母同士として。力を貸してやってほしいと。一時だけでなく、その先も。改めての夫からの願いに、ミントは強く頷いた。
「承知しました」




