閑話 王子誕生の報から想うこと
時間軸少し前になります。マグリア兄上視点です。
王太子に第一子が誕生した。マグリアがその報を受けたのは、王都の屋敷だった。
「ミント、どうやら俺たちにも甥っ子が出来たらしい」
「まぁ! それはとても喜ばしいことですね。エリナ様も沢山の重圧の中で……本当に良かったです」
「あぁ、そうだな」
その腕に我が子を抱きながらミントが微笑んでいる。マグリアの妻はミントだけだ。妊娠した時、当然のように求められる男児の誕生。まだベルフィアス公爵家には三男がいる。だから気負う必要はないと何度も伝えた。それでも男児が生まれた時は心から安堵したという。誰からも強く求められずとも、それはあくまで身内の中でのこと。男児でなくてもどうにでもなるとわかっていても、貴族家には嫡男の存在が必要であると、貴族令嬢たちは皆が教えられてきた。嫡男に嫁ぐのであれば、男児を産まなければならないと。幼き頃から教えられるのだ。
ミントとて例外ではない。マグリアは婚外子ではあるが、れっきとしたベルフィアス公爵家嫡男であり、次期公爵である。ならば妻となったミントに何が求められるのか。他の誰でもない、ミント自身がよくわかっていた。だからこそ、ミント以上に貴族令嬢として見本となるべく育てられたエリナであれば、何をすべきかなど言われずともわかっていたはずだ。
「アルヴィスは、無事で生まれてくれればいいと、何度も伝えていたというが……それでも心のどこかでは抜けきらないんだろうな」
「それは致し方ないことです。それが貴族として王族としての、このルベリア王国の在り方だったのですから。それでも……殿方が、何よりも旦那様がそうおっしゃってくださることは、私たちにとっては何よりも心強いものであることも、また事実ですよ」
「君もそうだったか?」
「もちろんです」
マグリアは伝えるということを重視してきた。ミントとの付き合いは、政略結婚だ。婚約者となるまで、お互いに名前と肩書程度しか知らなかった。ミントからすれば、マグリアの存在など知れたことだったはずだ。ベルフィアス公爵家における汚点とまではいかずとも、貴族社会においては有名な話だから。そんな相手に嫁いでくることに不安もあっただろう。だからこそ、お互いにいいたいことは直接伝える。人づてに伝わることではなく、お互いの言葉でもって伝え合おうと。それが婚約した時に二人で交わした約束だった。
「私はまだよい方なのだと思います。旦那様にはまだ弟君がおられますから、気負う必要はないのだとそうおっしゃってもらえました」
「そうだな。ヴァレリアには、全力で無理だと言われてしまったが」
「それは旦那様のようには無理だという意味だと思いますよ」
マグリアに長男が生まれた。それを聞いたヴァレリアは、心から安堵したらしい。今もアルヴィスにも王子殿下が生まれたことを聞いて、肩の荷を下ろしている頃だろう。
『僕には兄上たちのようにはできませんから』
『ヴァレリア』
『マグリア兄上のように策を巡らせることもできませんし、アルヴィス兄上のように剣技に優れているわけでもありません』
『別に俺たちのようになる必要などない。お前はお前だ』
ヴァレリアの気性はアルヴィスによく似ている。二人とも外見を含めて実母に似ている。だがヴァレリアは幼少期にアルヴィスと共にいたことも多かった所為なのか、性格的な部分はアルヴィスのそれを彷彿とさせる。優しさと穏やかさを持ち、それでいて目立つこともなく、かといって公爵家の人間として必要な程度には優秀だ。アルヴィスは外面には気を遣っていた。そう見えるようにとコントロールしていた。ヴァレリアからそこまでの卑屈さは見えないことだけが救いだ。おそらくベルフィアス弟妹達の中で、一番素直なのがヴァレリアなのだろう。次点でラナリスといったところか。
「ともあれヴァレリアはこれで王位継承権からも多少遠くなる。まだあいつ自身には何がしたいのか見つけられていないようだがな」
「まだ迷っておられる様子でしたね。学園で何かを見つけられると良いのですが」
「自由に、といってやれないのが残念だ。俺たちに王族の血が流れている限り、俺たちにその義務と責任から逃れることは許されない」
「はい、そうですね」
マグリアに出来るのは、その向かう先で起こることの手助け、助言をしてやることだけだ。長兄としてできることがあれば、手を差し伸べることに否やはない。
「ミント」
「何でしょうか?」
「君に頼みがある」
この状況においてマグリアができること。多少好奇心も混ざっていることは否定しないものの、それでも確実に必要になってくる。今現在、それが可能なのはマグリアの妻を於いて他にはいない。アルヴィスが信用出来る女性であり、身元が保証されており、なおかつ乳飲み子がいる女性は。
「甥っ子に会いに行ってみないか?」
「それは……ですがいいのですか?」
「俺が頼んでいるんだ。君には負担がかかるかもしれないが――」
「旦那様が宜しいのであれば喜んで参ります。何かお手伝いができることがあるならば、この私でもエリナ様を助けられるのであれば」
「……ありがとう、ミント」




