13話
翌日、熱が微熱程度まで下がり、アルヴィスは漸く身体を起こすことが出来るようになった。数日動かしていなかった身体は、助けを借りなければ動かすことも出来ない。ナリスに手を貸してもらい、上半身だけを起こすと背中にクッションを入れて身体を固定する。
「お辛くはありませんか?」
「あぁ……平気だ」
右腕はまだ動かせないが、元々アルヴィスは両利き。食事もサポートをしてもらえば、自分で摂ることができる。そうして朝食を摂り終わると、エリナがやって来た。最早日常と化している。
「おはようございます、アルヴィス殿下」
「……おはようございます、エリナ嬢」
城にいる理由が安全確保のためとは知らないエリナは、アルヴィスの看病のために滞在を許されていると考えているらしい。そのため、エリナを無下にすることは出来ない。看病を断ることは、エリナが滞在の理由を無くすことと同義だから。
「エリナ様、私は食器を片付けて参ります。アルヴィス様のお着替えのお手伝いをお願い出来ますか?」
「はいっ、お任せください!」
更に面倒なのが、アルヴィス付きの侍女たちがノリノリであることだ。令嬢に侍女の様なことをさせることに、疑問を感じないものなのか。アルヴィスは額に手を当ててため息を吐く。
侍女たちの報告によると、アルヴィスが寝ている間もエリナは積極的に手伝っていたらしい。意識がない状態では文句も言えないのだが、今のアルヴィスは起きている。この状態で、年下の令嬢に世話をされることは苦行でしかない。
更に、エリナ付きの侍女だというサラも止める気配はなかった。
「……エリナ嬢」
「何でしょうか? 先に包帯を替えさせていただきます。失礼致します」
返事を返すものの、その動きは既に作業に取りかかっている。数日で慣れてしまったのだろうが、ますます令嬢がすることではない。
「サラ、君も主人を止めるべきだろう」
「申し訳ございません、殿下。ですが、ナリス様からもお願いをされておりますので」
「……はぁ」
本当に申し訳ない表情をしているサラは、今のエリナの行動が令嬢らしからぬものだと分かっているようだ。それでも止めないのは、エリナが進んで行っているから。その免罪符にアルヴィス付き侍女の指示だと伝えているのだ。逃げ場はなくなり、アルヴィスは仕方なく自由に動く左手を使ってシャツを脱いだ。
上半身裸になると、右腕の包帯をエリナが丁寧に巻き取っていく。傷口に当てられた布を取れば、傷が露になった。アルヴィスが傷口を見るのは初めてだ。既に血は止まっているものの、毒の影響か治りが遅いようで、傷口は塞がっていなかった。矢尻を抜いた跡がしっかりと残っている。
エリナも流石に顔色を変えていた。それでも気丈に手当てをしようと、薬を取り出して傷口に塗る。
「っ……」
「あ、アルヴィス殿下大丈夫ですかっ!」
「……大丈夫、です」
薬の冷たさもあるが、塗られた薬が傷に滲みて思わず呻いてしまう。まだ治っていない証拠だ。普段ならばとうに塞がっているはず。これほど、怪我の治りが遅いのは初めてだった。その後はエリナも少し急ぐように新しい布を当てて包帯を巻いてくれた。
「終わりました……」
「……ありがとう、ございます。すみません」
「いいえ……」
「お嬢様、タオルを」
次は身体を拭くらしい。サラから受け取ったエリナは戸惑う様子もなく、アルヴィスの腕から拭き始めた。半分諦めが入っているので、大人しくされるがままになる。拭き終わったところで、ナリスが戻ってきた。交代してくれるらしい。エリナが取り替えた布や包帯を持って部屋を出ていくと、アルヴィスはクッションへと倒れ込む。
「アルヴィス様?」
「勘弁してくれ……」
「お嫌でしたか?」
「嬉しい訳がない……令嬢に何てことをさせてるんだ」
エリナがいる前では言えないし、当たり前のようにされると居た堪れない。嫌なモノも見せてしまった。
「最初は私どもも流石に公爵令嬢様にさせるわけにはとお伝えさせて頂きました。ですが、何かしたいと仰って……それで少しでもエリナ様が安心されるのならと」
「何かしたいって……別に」
「アルヴィス様はご自身がどのような状態であったかご覧になっていないからですよ。……ずっと苦痛に表情を歪められて、苦しむ声も時折漏されてらして、本当に見ていられませんでした」
「……それは」
意識がない時のことを言われても、アルヴィスには何も言えない。覚えていないのだから。
「少しでも、アルヴィス様が楽になれるならと。そんなエリナ様のお心を汲み取りたいと思うのは、当然でございます。エリナ様がおられる間は、お世話されてくださいませ。エリナ様もご安心なさるでしょう」
「……耐えろというのか」
「そう言っております。さて、それでは着替えましょうか。お手伝いします」
「はぁ……」
皆に心配をかけたのは事実。ナリスはエリナのことを言っているが、それはナリスらにも当て嵌まるのだろう。起きているからこそ、世話を受けろと。それで心配をさせた皆が安心するならば、アルヴィスには受け入れるしかなかった。