14話
本年もよろしくお願いいたします(*- -)(*_ _)ペコリ
どこか遠くで名を呼ばれた気がして、アルヴィスは目を開けた。すると目の前に友人の顔がある。何事かと目を瞬けば、思いっきり溜息を吐かれてしまった。
「はぁ~……お前な、寝るにしてもここで寝るなよ。何のための仮眠室だ」
「軽く休もうと思っただけで、寝入るつもりはなかったんだ……」
アルヴィスが寝ていたのは執務室に置かれているソファー。レックスが持っているのは書類の束だった。アルヴィスが休む直前まで見ていたもの。寝入ってしまった時に、落としてしまったらしい。身体を起こして、書類を手渡される。
「ありがとう」
「どういたしましてっ、というかお前もこんなとこに缶詰め状態っていいのか?」
「言いたいことはわかるが、それでも滞らせるわけにはいかないだろう。動いているのは俺だけじゃないんだ」
国全体が動いている。忙しいのもアルヴィスだけではない。各領地にいる当主らも、徐々に王都にやってきている。そのために、領地での仕事は前もって終わらせるか、代官や息子などに任せていることだろう。例年ならば、この時期に王都で公式行事はない。それこそ、前回のアルヴィスとエリナの結婚式くらいだ。尤も、アルヴィスが忙しいのはこれまで以上に執務が増えたからというのもある。戴冠式が終われば、国王は離宮へと向かってしまう。正式に、表舞台から降りると宣言してしまっている。王太子妃としての執務も、今のエリナがやることはできない。つまり、国政に関するほぼすべてのものをアルヴィスがこなしている状態だった。
そこへ祝い事が重なった。それだけの話。自分事である以上、これを理由に遅れるわけにはいかない。かといって後回しにもできない。そんな状況だった。
「あーそういや名前、決まったんだな」
「誰から聞いた?」
「隊長から」
「ルーク? あぁ……伯父上だな」
「嬉しそうにしていたらしいからな、陛下も。なんてったって、王子が生まれるのは久しぶりだからよ」
王位継承者ではなく、王子が生まれたこと。一番最近でもジラルドが最後だ。それ以来となるのだから、確かに久しぶりと言えるかもしれない。
国王に報告しに行った時、かなり上機嫌だった。後宮にも知らせなければと、宰相とアルヴィスを置いて去っていったしまった時には、あの宰相でさえも呆れていたほどだ。その宰相も、最近ではアルヴィスの下にいることも増えていたので、別に構わなかったのだろうが。
ただ気になることといえば、これだけ歓迎されていることへの不安だ。おそらくジラルドが生まれた時もそうだっただろうから。期待と不安。そして重圧。アルヴィスが置かれていた状況とは全く違う立ち位置。それを受け入れることが出来るかどうかは、当人の資質にも関わることだ。同様に、アルヴィスとエリナに対しても。
「あまり重圧を与えないでもらいたいものだがな……城の者たちには」
「そりゃ無理じゃねぇの?」
「何故だ?」
「父親がお前だから」
そう断言されて、アルヴィスは固まった。友人の、レックスの言う意味が理解できなかったからだ。重圧を避けてもらいたいと願っているのに、何故アルヴィスが父親だと無理なのか。
「期待もするだろうさ。お前と妃殿下の子だ。どれだけ優秀なんだろうってな」
「エリナは確かにそうかもしれないが」
「お前、それのこと忘れてねぇよな?」
レックスが示したのは、アルヴィスの手だった。正確には右手。そこに記された証を。女神ルシオラとの契約の証だ。
「……別物だといったところで、周囲はそうは思わない、か」
「期待はしてしまうだろうさ。実際、マナの力は強いんだろ?」
アルヴィスは頷く。エリナよりも強い。しかしそれはアルヴィスよりも小さい。アルヴィスの父であるラクウェルよりも劣るだろう。マナの力量を求めることはない。王族であろうともそこに拘っているわけではないが、ただアルヴィスは特殊過ぎた。同じものを求めさせるわけにはいかない。そもそも、アルヴィスが今の状況に置かれたのも理由があるのだから。だからこそ、アルヴィスは行動しなければならない。その時は、ルシオラの子孫としての責務を果たさなければならない。
「……すべてを終わらせなきゃな」
「アルヴィス?」
「これが意味あることだとわかっている。何を求められているのかも、なんとなく理解している。だが、ルトが物心つく前にはすべて終わらせる」
そうでなくてはならない。エリナにも、我が子にも関わらせるつもりはない。ルシオラと誓約を交わしたのはアルヴィス自身だ。脳裏に浮かぶルシオラの姿、かつての世界の姿。そこに繋がるのはマラーナで邂逅した――。
「っ」
「アルヴィス⁉」
そこまで考えて、アルヴィスの左胸を鋭い痛みが襲った。思わず手に持っていた書類を落とし、胸を押さえて蹲る。
「おい、アルヴィス、どうした! ディンさん! 特師医を!」
「っ……レックス、医師は……必要、ないっ」
この痛みは病気ではない。これまでも時折アルヴィスを襲ってきていた。多少の痛みなら誤魔化すことが出来ていたので、誰にも気づかれてはいない。まさかレックスがいるところで、ここまで強いものに襲われるとは想定外だ。
特師医を呼ぶような大げさな真似をさせられるわけにはいかない。アルヴィスはレックスの腕を強く掴み、首を横に振った。
「ちが、うんだ……これは」
「何を言って」
「頼、む……ことを、大きくしないでくれっ……」
アルヴィスの必死さに、レックスは小さくわかったと答えてくれた。だがそのまま抱き上げられ、仮眠室へと問答無用で連行され、ベッドに寝かせられてしまった。
「なら、今は寝てろよ。妃殿下にも言わないから」
「……すまない」
くしゃりと髪を乱雑に撫でられた。まだ痛みは続いている。ここまで酷いのは本当に久しぶりだ。それこそ墓所に行く前に在って以来だ。アルヴィスは身体を丸くし、深呼吸を繰り返す。その背中をレックスが撫でてくれているのがわかった。自然と瞼は落ち、疲労もあってかそのまま寝入ってしまうのだった。