閑話 待望の瞬間
お祝いありがとうございます!
今日はエリナ視点からお送りします。
子どもの寝顔って、ほんとうに可愛いんですよね(*´ω`)
どれだけの時間が経ったのか。エリナは己の身体が別のもののように感じていた。意識はあるのに、痛みで朦朧としていて、どこか夢現のようにもなっていた。夜中から始まったことは覚えている。痛みに起こされて、そうして何度も襲い来るものに耐えた。眠りそうになると、再びやってくる痛み。静かにしていたいと思っても、それは無理だった。
「エリナ……」
「も、申し訳、ありません」
「俺のことは気にするな。眠れずとも、目は閉じていた方がいい」
優しく抱きしめられて、エリナはその都度眠る。心地いい心音を聞いていると、安心して眠れるのだ。けれど、また起こされて、眠ってを繰り返していた。そうして始まったエリナの闘い。時間の感覚もお朧げで、ただ終わったのだとエリナが理解したのは、大きな泣き声を耳にした時だった。
「エリナ様っ、おめでとうございます」
「サ、ラ……? わたくし、は……」
そっと目の前に差し出されたのは、小さな……本当に小さな姿だった。泣きじゃくりながらも、初めて目にするその姿に金色を見つける。もっと見ていたいと思うのに、その姿を映そうと思う目からは涙があふれて止まらなかった。
「私と、アルヴィス様の……」
「はい。可愛らしい、男の子ですよ。エリナ様」
「っ……」
男の子。エリナは自由に動く両手で顔を覆った。どちらでもよかった。女の子でも嬉しかったことだろう。だがそれとは別に、義務と責任という狭間の中で、男の子が欲しいという願いを偽ることなどできない。
反対側でフォラン特師医が何かを言っているのはわかっていた。でもそれ以上にエリナは、心から安堵を覚えている。涙が止まらなかった。どれだけ拭っても、瞬きを繰り返しても、その涙が枯れることはない。
「エリナ」
優しい声がして、エリナは瞬きを繰り返しながら、何とかその姿を目に映そうとした。金色の髪、水色の瞳。エリナの大切な、大好きな人だった。そっと慈しむように優しい手付きで頬に触れてくる。落とされる口づけに、エリナはされるがままだった。
「ありがとう」
労りの声と感謝の言葉。抱きしめられると、目元に温かな力を感じる。それが離れたと分かり、エリナは目を開けた。ぼんやりと、徐々に見えるアルヴィスの姿。そしてその腕には、小さなタオルに包まれた存在があった。アルヴィスはエリナを片腕に抱きしめながら、もう片方で我が子を抱いていたのだ。
「アルヴィスさま……男の子です」
「そうみたいだな」
アルヴィスが抱く小さな子。大きな声で泣いていたはずなのに、今はぐっすりと眠っている。安心しているかのように、その頬をアルヴィスに寄せながら。
「お父様がわかるのですね」
「……俺とマナが似ているからな。安心するんだろう」
話しながらも、アルヴィスは柔らかな笑みを浮かべていた。まだ生まれたばかりだ。顔つきだって、これから変わるかもしれない。どちらに似ているなんて、まだわからない。無事に生まれてくれた。それだけで今は胸がいっぱいなのだから。
「疲れているだろう。エリナはまだ休んでいてくれ。俺は伯父上のところに行ってくる」
「……はい」
アルヴィスは小さな子をサラへと託し、エリナをベッドに横たわらせる。すると、サラの手に渡ったことに気づいたのか、再びなき声が聞こえてきた。その様子に、エリナも、そして周りにいる侍女たちも笑ってしまう。安心できる場所から離されてしまった。それがわかったのだろう。
「……どうなさいますか?」
「どうもなにも……流石に連れてはいけない」
サラが苦笑しながらも尋ねれば、アルヴィスは大きくため息を吐きながら答えていた。ここは王太子宮だ。アルヴィスは王城へ戻り、国王の下へ向かわなければならない。距離がある場所、人目が多くある回廊を歩くのだ。生まれたばかりの子を連れていくことはできない。とはいえ、それを子が理解できるわけもない。
「アルヴィス様、赤子は泣くのが仕事ですから。ここはお任せを。まずは陛下のところへ」
「……わかった。頼む、ナリス」
「はい」
ナリスはアルヴィスの乳母でもあった。こういう場面で最も信頼できる相手なのだろう。なき声が止むことはないが、アルヴィスはそのまま部屋を出て行ってしまった。
「エリナ様もお休みになられないとなりませんが……」
「大丈夫よ。泣いている声でも、今の私にはとっても嬉しいものだから」
サラからナリスに手渡されるも、泣き止まない子。それでもナリスはどこか懐かしむように微笑んでいた。そうしていると、ナリスの瞳から涙がこぼれるのをエリナは見逃さなかった。
「ナリス?」
「申し訳ありません……感動してしまっただけなのです。今でも私は覚えていますから。アルヴィス様が生まれた時のことも。そのお子を腕に抱くことが出来て、とても嬉しくなってしまって」
ここまで大きな声で泣く赤ん坊ではなかったらしい。それでも重ねてしまう。あの時の子が、と。
「私も、抱かせてもらえる?」
「もちろんでございます」
まだ力が入らないけれど、サラに手伝ってもらいながら身体を起こし、ナリスから渡される。エリナに兄はいるけれど、弟妹はいない。己より小さな子に触れる機会など、公務くらいでしかなかった。それでもここまで小さな赤ん坊と触れ合ったことはない。抱き方をナリスから教えてもらいながら、ぎこちないながらもエリナは我が子をその腕に抱く。ほんの少し、なき声が小さくなった。かと思うと、泣きつかれてしまったのか眠ってしまったらしい。
腕に抱いてわかる。その温かさ。小さいけれども感じる重さ。寝顔を見ていると、とても愛おしく感じる。エリナにマナを感知することはできない。でも、なんとなく感じる。アルヴィスと似ているものを。いつまでも見ていたい。そんな気にさせてくれる小さな我が子だ。
「エリナ様も、お母様ですね」
「サラ……ありがとう」




