11話
ついに!!
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「アルヴィス様、そろそろ休憩をなさってはいかがですか?」
「あぁ、これが終わったらな」
「……先ほども同じことを仰っておりましたが?」
呆れた声でエドワルドに言われ、アルヴィスは書類にペンを走らせていた手を止め、目の前に立っていたエドワルドを見上げる。
「そうだったか?」
「そうでした」
「……悪い」
「いえ、アルヴィス様がそうしていなければならない理由もわかっていますから。それでも、休憩は取った方が宜しいかと。このような時だからこそ」
エドワルドの後ろには、ティーセットを準備しているジュアンナの姿があった。まずはここから離れろということだろう。ペンを置き、アルヴィスはその場から立ち上がった。せっかく用意してくれたのだからと、ソファーに座りカップを手に取った。
「昼食もこちらにお持ちしますか?」
「そうだな、頼む」
「承知しました」
随分と時間が経ったようにも思うが、まだ昼前。一日がこれほど長く感じるのは、久しぶりかもしれない。どうして長く感じるのかなど、考えるまでもなかった。
「……」
「アルヴィス様?」
「俺の時も、確か一日ほどかかったとナリスが言っていた」
「妃殿下、のことですね」
仕事をしている時は、それに集中していればよかった。だがこうして少しでも休む時間が来ると、脳裏に過るのはエリナの顔だ。放棄して向かうわけにはいかない。それこそ、どれだけ時間がかかるかなど誰にもわからないのだ。
アルヴィスが生まれた時、難産とまではいかないまでも一日かかって生まれてきた。ラナリスの時はそうではなかったらしい。レオナの時は、そこまでかかることはなかったけれど、それでも苦し気な声が何度も聞こえてきた。昔よりも命を落とす女性は減った。けれど全くなくなったわけではない。身近でいえば、異母兄マグリアの母がそうだったはずだ。マグリアを産んでから亡くなっている。絶対はない。
「何かあれば、知らせがくるはずです」
「それもわかっている」
わかっていても、どうしようもない場合もあるというだけだ。もしかすると、父親が出産の時に傍にいないのは、何かしていなければ不安でたまらない気持ちを誤魔化すためだったのかもしれない。
「少し仮眠を取られますか?」
「この状況で寝られると思うか?」
「一睡もしていないのですから、昼食を摂られたら一度休まれた方が宜しいかと思います。疲労が残っているから、考えすぎてしまうこともありますよ」
エドワルドが言うことも一理あるが、それでも気になって仕方がない。アルヴィスが出来るのは祈り、待っていることだけだということがわかっていても、エリナが頑張っている時にいいのかと思ってしまう。
「アルヴィス、お前さっき言ったこともう忘れたのかよ?」
「レックス?」
「休むって言ったろ? ディンさんがいないからって反故にしようなんて思ってないよな?」
「……」
そう、ディンは近衛隊詰所に向かわせているためここにはいない。ディンがここにいたならば、無言の圧を掛けてくるだろう。レックスに見透かされたことで、バツが悪そうにアルヴィスは顔を逸らした。
「ったくお前は……」
「昼食を摂った後、私が一度宮へもどり様子を聞いてまいりますから、その間にアルヴィス様はお休みください。戻ってきたらちゃんと起こして差し上げます」
「そうだぞ、なんなら俺が添い寝してやろうか?」
「要らん」
レックスの添い寝なんてされた日には、悪夢でも見そうだ。それならば、エドワルドの言う通り素直に休んだ方がマシだろう。深くため息を吐きながら、アルヴィスは王太子宮がある方へと視線を向けた。エリナのマナに大きな変化はない。マナを感じることが出来ても、その状況は見えない。それが酷くもどかしく思えた。
「っ……」
ふいに、アルヴィスは強いマナを感じ取り、身体を起こした。あの後、昼食を摂ってからアルヴィスは仮眠室で眠った。そこまでは覚えている。いつの間にか寝入ってしまったが、どれだけ寝てしまったのか。カーテンが閉まった窓から、外を覗く。茜色の空が見え始めていた。夕刻だ。
「エドのやつ……」
すぐに起こしてくれるはずが、そうはならなかったらしい。考えうることだったので今更エドワルドを責めるつもりはない。問題は、今アルヴィスが感じ取ったマナの方だ。急ぎ上着を手に、アルヴィスは仮眠室を出た。
「アルヴィス様? お目覚めになられたのですか?」
「宮に戻る」
「え? ですが、アルヴィス様⁉」
アルヴィスは窓を開けると、迷うことなくそこから階下へと飛び降りる。王城内を歩くよりも、こちらから移動した方が速い。というより、回廊を走るよりはマシだろうという判断だった。
「アルヴィス様っ!」
この程度で怪我などしない。着地をしたアルヴィスは上から聞こえるエドワルドの呼び声には応えずに、王太子宮へと向けて駆け出した。
エントランスに立つ近衛隊士らに挨拶もそこそこに中へと入っていく。エリナの部屋の前まで来ると、ナリスが待ち構えていたかのように立っていた。
「ナリス」
「お待ちしていました。きっとアルヴィス様のことですから、私共から呼ばずとも来るとは思っていましたが、お早いお着きでしたね」
「……そうか、やはりそういうことだったんだな」
「何か、感じられましたか?」
「あぁ」
強く頷く。感じた。その存在を。アルヴィスの言葉にナリスは笑みを浮かべ、前を譲るように開けた。促されるままアルヴィスは部屋の中へと入る。中に入れば一段と響く泣き叫ぶ声。抱いているのは侍女の一人、サラだった。サラがこちら方へ向かってくるのを見て、アルヴィスは手で制する。アルヴィスの意図を理解してくれたのか、サラはその腕に大切そうに抱きながらも、その場で立ち止まった。
「殿下……おめでとうございます。母子ともに問題ありません」
「ありがとう、フォラン殿」
頭を下げてフォラン特師医が下がっていく。アルヴィスはそのままエリナがいるベッドへと近づいた。エリナの目は真っ赤になり、どれだけ泣いたのかがよくわかる。だがそれでもエリナは笑っていた。とてもやさしい顔をして。
「アルヴィス、さま」
「エリナ」
「わたくし……ちゃんと、できました」
「あぁ……お疲れ様。そして、ありがとう」
エリナの頬に手を添える。いつもの整えられた顔ではない。それでもアルヴィスにはその姿がとても輝いて見えた。目元をそっと拭うように優しく触れながら、アルヴィスは口づけを落とした。目が合うと、再びエリナの瞳から涙がこぼれる。どれだけ拭ってもキリがないそれに、思わず苦笑する。
アルヴィスはエリナから顔を上げると、サラの下へ向かった。その腕に抱かれていたものを、アルヴィスは受け取る。小さいながらも必死で泣き叫んでいたが、アルヴィスがその腕に抱くとピタリと泣きやんだ。その理由は間違いなくアルヴィスのマナだろう。似ているマナの力が安心するのだ。
大人しくなったところで、改めてその柔らかなタオルに包まれた存在を見る。金色の髪だった。瞳の色はまだわからない。ただわかるのはアルヴィスよりも少し薄い色合いを持つ金色の髪であること。そして、男児であることだった。
エリナが横たわるベッドの傍に戻り、アルヴィスはエリナからも見えるようにと近づける。
「見えるか? エリナ」
「はい……アルヴィス様と同じ、金色です。男の子、なのですね」
男の子。その事実にエリナは再び涙を流す。どれだけ周りが言おうとも、女児よりも男児を求められることはルベリア王国において常識ともいえるものだ。女児であっても嬉しかったことは間違いない。だが、男児であればそれ以上に嬉しい。それもまた紛れもない事実なのだ。
この日、ルベリア王国に吉報が伝えられた。王太子夫妻に王子が生まれたと。




