表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【Web版】従弟の尻拭いをさせられる羽目になった  作者: 紫音
第二部

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

331/402

10話


 戴冠式が迫る中、アルヴィスは帰宅が深夜になることが多かった。帰宅を待つ必要はないとエリナには伝えてある。以前ならばともかく、今のエリナは妊娠中だ。故にアルヴィスを待つことなく、先に就寝することが当たり前だった。

 この日も既に日付は変わるだろうという頃に帰宅したアルヴィスは、深夜にもかかわらず王太子宮に人の気配が多いことに気づく。動いている人間が多い。この時間は普段ならば静まり返っているはずだ。

 宮の前を警護している近衛隊士に聞けば、つい先ほど特師医を呼ぶようにと侍女がここを走っていったらしい。そうして連れてきた特師医と共に中に入っていったと。その行動が示すものが何か、わからないアルヴィスではない。


「そうか……」

「急がないのですか?」

「いや、直ぐに向かうさ」


 それでもいつもと変わらない足取りで向かうアルヴィスの様子に、近衛隊士は首を傾げたようにしていた。

 このような深夜にわざわざ特師医を呼ぶ。王太子宮において、特師医が診るのはエリナを置いて他にはいない。この時期、この時間、それを紐づけることは簡単だった。何故なのか。既に経験済みだからだ。まだアルヴィスが複雑な心境を抱えていた頃に生まれた、年の離れた弟妹で。

 エリナの部屋の前に来れば、そこにはナリスが待っていた。アルヴィスが来ると分かっていたのだろう。


「お帰りなさいませ、アルヴィス様」

「ただいま。ナリス、エリナの様子は?」

「まだしばらくはかかると思います。初産ですし、それに予定日よりもかなり早いので」

「そうだな……」


 不安要素といえばそこだろう。戴冠式と予定日は同じころ合いだった。そろそろだというのはアルヴィスもエリナもわかっていたが、まだ予定日は先だったのだ。扉の向こう側を見つめる。この中には特師医や侍女、そしてエリナがいる。マナの力を感じ取れば、どこか荒ぶっているようなものが在った。それが何なのか。アルヴィスは理解している。


「……」

「何だ?」

「いいえ、何でもございません」


 ナリスから意味深な視線を感じた。何かあっただろうかと声を掛けると、ナリスはゆっくりと首を横に振る。その言い回しは気になるところだと、アルヴィスが眉を寄せるとナリスは柔らかな笑みをアルヴィスへ向けてきた。


「アルヴィス様は、慌てることはないのですね」

「慌てたところで、何にもならないことはわかっている。俺が出来るのは、せいぜいが祈ることだということも。まぁ……ヴァレリアが生まれた時は、少し怖かったがな」


 扉に手を当てて、アルヴィスは祈るようにマナを部屋全体へと注いだ。少しでもエリナの苦痛が癒されるように。暴れ出そうとする小さな力を宥めるように。同じようなことをヴァレリアが生まれた時にもやっていた。あの時は、レオナが苦痛の声をあげることが不安で、無我夢中だった。どうにかしようと必死だった。際限なくやりそうなところをマグリアに殴られて止められたこともあった。今となっては懐かしい思い出だ。


「本当にお懐かしいですね……そのヴァレリア様も学園に入学される年齢というのは。時が流れるのは早いです」

「あぁ」


 あれから十五年。まさか己の身に同じことが起きるとは考えもしなかったが。そんなことを想っていると、突如エリナの部屋の扉が開かれる。開くとは思わなかったため、アルヴィスは驚いて一歩後ろに下がった。ちょうど真後ろに控えていたディンとぶつかり、バランスを崩しそうになるのを腕を引っ張られることで支えられてしまった。


「悪い」

「いえ……」


 ディンが黙ったままアルヴィスの後ろに立っているのは、もはや当たり前なので気にもしていなかった。宮に帰宅してからもずっといたことなどわかりきっていたのに。ということは、アルヴィスも冷静に見えて少しは動揺していたのかもしれない。

 中から出てきたのはサラだった。その表情には不安が見て取れる。


「殿下が帰られたと聞いて、ならば中にと特師医様が」

「……こういう時、男は駄目なんじゃないのか?」


 少なくとも、公爵家ではそうだった。中に入れるのは女性のみ。どんな時でも男は黙って仕事をしていろと。貴族家ではそういう風潮だった。当然、アルヴィスも命がけだということはわかっているが、その領域を侵すつもりはない。どれだけ案じて居ようとも、この中は女性だけが許される場所なのだと考えていた。


「お嬢様……いえ、エリナ様はきっと喜ばれます」

「そうか、わかった」

「殿下、私らはこれで下がります。明日は――」

「あぁいつも通りだ。頼む」

「……承知しました」


 何か言いたげな視線を送りつつも、ディンは頷いて去っていった。このような状況で、いつも通りに過ごすのかと言いたかったのだろう。それでも予定を変えるつもりはなかった。立て込んでいる状況で、ずっとここにいたいなどという我儘を言うつもりはない。

 アルヴィスはサラに続く形でエリナの部屋の中に入った。普段はエリナもアルヴィスとの部屋でつながっている寝室で寝ているが、エリナの部屋にもベッドが置いてある。今日はそこでエリナが寝ていた。枕元まで来ると、苦痛に表情を歪めながら額から汗を流しているエリナの姿がある。


「エリナ……」


 エリナの手はベッドの上に置かれている。アルヴィスはその場に膝を突き、エリナの手を取った。それを己の手で包み込むように握りしめる。


「っ……」


 時折、エリナの口から苦痛の声が漏れる。相当苦しいのだろう。ここまで辛そうなエリナの顔は見たことがなかった。その原因はわかっている。エリナの腹部にある力だ。反対側にいるフォランを見上げてみれば、真剣な表情をして頷いている。アルヴィスの懸念は正しいのだろう。腹部を中心として嵐のようなマナの力が吹き荒れているのだ。エリナの力では抑えきれないものが。

 アルヴィスはエリナの手を掴みながら立ち上がると、そのままエリナの唇に己のそれを重ねた。そしてそこから力を注ぐ。エリナを壊さないように。守るように願いを込めて。大丈夫だと、それが伝わるように。時間をかけてマナを流した。

 嵐が収まったところで、アルヴィスがエリナから顔を離す。すると、エリナの目がゆっくりと開かれた。まだぼんやりとしているようだが、目が覚めたらしい。


「大丈夫か、エリナ」

「……アルヴィスさま……?」

「あぁ」

「あれ、わたくしは……あっ痛っ」


 痛いと告げる言葉と同時に、握っていた手に力が込められた。アルヴィスは医者ではない。行ったのは、あくまで暴れかけていた子を鎮めただけ。暴力的なマナから受ける苦痛を和らげることはできたとしてもそれだけなのだから。


 一睡もしないまま朝方になり、アルヴィスはエリナの部屋を出た。湯あみを済ませて簡単な朝食を摂る。まだ時間はかかるだろうというのが特師医の見込みだった。再びマナが暴れ出しそうならばいつでも呼んでくれていいと伝えてはある。

 朝、迎えに来たディンとレックスには呆れられてしまった。


「お前、後で仮眠くらいとった方がいいぜ。倒れるわけにはいかねぇんだから」

「この程度くらい大丈夫だ」

「殿下、そういうわけにはいきません」


 一日や二日くらい寝てなくても支障はない。近衛隊にいた頃だって、何度かそういう日々を過ごしていた。ディンもわかっているはずだ。しかし、どうやらそれは許してもらえないらしい。どうしてもだめだという場合、ディンが折れてくれることはない。アルヴィスが折れるしかないのだ。


「わかった……打ち合わせ前に一度休ませてもらうから」

「ほんと、ディンさんには弱いなお前」


 こういう時でも変わらず軽いレックスの頭を叩きながら、どこか後ろ髪惹かれる思いを抱きつつアルヴィスは王城へと向かうのだった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ