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【Web版】従弟の尻拭いをさせられる羽目になった  作者: 紫音
第二部

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9話


 王立学園の創立記念祭も終わり、季節は春となりつつあった。ルベリア王国は一年を通して温暖な気候であるので、季節といっても大きな変化はない。ただ今年は、春が近づいてくることでソワソワとする人々が多い。その理由は間違いなく、戴冠式であるだろう。


「……」

「そのような表情をなさらぬとも宜しいではありませんか。せっかくの日ですから、最高の物を用意したいと思うのは当然ですよ」


 アルヴィスは王城の執務室で一人眉を寄せて、その纏う空気が全力で今の状況に拒否感を示していた。そんなアルヴィスを宥めているのは、ナリスである。乳母でもあったナリスからすれば、今のアルヴィスの態度も取るに足らないものなのだろう。


「頭ではわかっている。けど朝からこうも着せ替え人形のようにされては嫌にもなる……」

「昔からアルヴィス様は、こういったものが苦手でしたものね」

「色合いは決まっているんだから、わざわざ俺に合わせる必要はないだろうに」


 そう、今アルヴィスが放り込まれている状況というのは、戴冠式での衣装合わせだった。立太子の時は時間がないこともあり、アルヴィスが意見を聞かれることもなければ、こうして合わせることもなかった。時間がない中であれだけのものを作り上げてくれた職人たちには感謝の言葉しかない。ゆえに、今回のことも仕来りに則っているのであれば、彼らに任せても問題ないと考えていた。そこへ口を出してきたのが、国王夫妻だ。


『戴冠式のものは、最初の大仕事ともいえる。それに相応しいものを用意することもお前の仕事だ』


 たかが衣装と言えども、そこには多くの人たちの力が集まる。その出来栄えは、現時点における国王への期待、信頼、評価と同じ。関わった人間たちの誇りであり結晶。戴冠式はそれを臣下や国民へ披露する場でもあると。そこまで言われてしまえば、アルヴィスも手を抜くことはできない。できないのだが……苦手であることに変わりはなかった。

 今日は一日そのための時間を設けている。つまり、まだまだこの時間は続くということ。これならば書類仕事をしていた方がマシだと思いつつも、それを口に出すことはできない。今はまだ休憩だということで近くにはナリスしかいないが、あと数分もすれば職人たちが戻ってくる。衣装にマント、そしてアルヴィスの象徴ともいえる剣。あまり装飾品の類を好まないアルヴィスではあるが、この時ばかりは別だ。いつも身に着けているのはエリナから贈られたペンダントのみだが、今回はそれを外さなければならない。


「お待たせいたしました王太子殿下、そろそろ宜しいでしょうか?」

「アルヴィス様」

「……あぁ、わかったよ」


 重い腰を上げて、アルヴィスも続く苦行へと挑むのだった。



 その日の夜のこと。遅い夕食を終えたアルヴィスはサロンでソファーに横になっていた。いつもならばエリナが膝の上にと頭を乗せてくるのだが、今は控えてもらっている。ゆったりとした椅子に腰かけながら、アルヴィスの髪を撫でるように触れてきていた。お腹が大きくなっているため、以前のように膝枕をしながら髪に触れることができない。ならばと考えた妥協案だった。エリナがやりたいのなら、と好きにさせている状況だ。


「お疲れ様でした、アルヴィス様。衣装はお決まりになられたのですか?」

「なんとかな。本当は動きやすいのが一番なんだが、それが無理だということがよくわかったよ」

「戴冠式でのものは、かなり重たいものになると噂で聞いたことがあります。それほどに重たいものなのですか?」

「あぁ」


 重たいと言えば重たいだろう。まだ細かい調整は必要となるが、マントはどうあっても引きずるものであるし、身に着けるものも重ね着をするような形だ。加えて王冠も被ることになる。一番重たいのはマントとこの王冠だろう。普段つけるようなものではないからこそ、余計に重たく感じる。特にマントは、普段アルヴィスが公務などで身に着けるものよりもかなり厚手のものだった。


「ただ重たいよりも、俺にとっては動きにくい方がきついな。あの状態だと走ることもできない」


 そう不満を告げると、エリナから笑い声が漏れる。顔を少し上げるようにしてエリナを見つめた。


「エリナ?」

「すみません、その姿で走ろうなんて考えるのはアルヴィス様くらいだろうなって」

「……性分なんだよ。いつでも動けるようにしないと気が済まないんだ」

「そういえば、結婚式の時もアルヴィス様は剣をお持ちでしたね」

「実際に振り回すには殺傷力はさほどない剣だったけどな」


 だがエリナとアルヴィスを守る程度であれは十分だ。いざとなればアルヴィスにはマナの力もある。それだけで牽制になっただろう。今回も似たようなものが用意される。あの時以上に、儀式用としか意味をなさないものとして。


「それにしても、いよいよ近づいてきたという実感が湧きますね」

「そうだな」

「この子が生まれるのとどちらが早いでしょうか」

「特師医の見立てでは生まれる方が早いとは言っていたが、こればかりは周りがどうこう言っても仕方ないさ」

「はい……戴冠式、出席できればいいのですけど」


 それもエリナの状態次第だ。子どもが先に生まれて十分に休むことが出来たならば参加できるだろう。生まれて居なければ、その時もエリナの体調次第。その日にぶつかってしまえば、参加は無理ということになる。


「君の体調が一番だ。くれぐれも無理だけはしないでくれ」

「わかっています」


 それから二日後の夜中のことだった。誰もが望むその日が訪れた。


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