12話
アルヴィスは目覚めた後、直ぐにまた眠ってしまった。その次に目が覚めたのは、翌日だ。昼前に目覚めると、そこにいたのはレックスだった。侍女らはいない。
「お? お目覚めですか?」
「……レックス、か。誰もいない、なら普通で、いい」
「……んじゃ、ありがたく。んで、気分はどうだ?おっと、身体は起こすなよ」
身体を動かそうとしたのがわかったらしく、立ち上がって肩を押さえてきた。アルヴィスも無意識に近い行動だったので、抵抗はしない。
「昨日よりは、良いな……話すのが、少し楽に、なった……」
「……あぁ、辛そうだったってリトアード公爵令嬢が話していた。今日のフォラン師医の診察だと、熱はもう少しで下がるだろうとさ。微熱は続くから、安静にしないといけないことには変わりないが」
「そっ、か……」
熱が下がったおかげで、楽になったのかとわかった。まだ状況を把握してはいないが、まともに動かない頭で考えても仕方ない。今は、治す方が先だ。
ふぅと息を吐くと、レックスが頭を下げるのが目に入った。
「レックス……?」
「アルヴィス……守れなくて、ごめん」
「……いや、今回は」
「専属として側にいた。というのに、お前が動いてしまったのは俺らが力不足だったからだ。それに……あの時のお前が動かなければ、最悪な結果が待っていた。そうだろ?」
それは暗に狙われたのはアルヴィスではなく、エリナだったことの確認だ。アルヴィスが庇ったのだということを、レックスは言っているのだから。アルヴィスは頷いた。
「予感は、あった……呼びに行く……余裕が、なかったんだ」
「そうか。やはりな……それを確認したかった。アルヴィス、エリナ嬢がここにいる理由の一つがそれだ」
狙われたのがエリナだからこそ、安全な城に置いた。逆に言えば、安全が保障されなければエリナを帰すことができないということになる。今回の首謀者が誰なのかを明確にしなければならない。
「……犯人、は?」
「死んでいた」
「なら、俺が……っ」
「アルヴィスっ」
腕を動かそうとして痛みがアルヴィスを襲った。犯人が既に死んでいるのなら、アルヴィスが出向くと言うはずが痛みに邪魔をされたのだ。今は、少し動かすだけでも痛む。それだけ、アルヴィスの身体が傷付いていることを示していた。
「無理をするな……毒が回っていたんだ。それだけ身体にはダメージが残っている。下手に動かせば、治りが遅くなるぞ」
「あ、あぁ……」
「まぁ、一部は師医が取り除いていたが……それでも三日だ。三日間も目が覚めなかった。お前が毒に気付かないでいたならと、考えるだけでゾッとする」
「……痺れを、感じたから、な」
矢で射ぬかれただけではあり得ない身体の変化。だからアルヴィスは気づくことができた。元々、毒には慣らされている身だ。そう簡単に毒で死ぬことはない。それでも三日。これがエリナだとすれば、間違いなく死んでいる。
「エリナ嬢は、どこまで……」
「知らない。何も、な」
「……わかった」
アルヴィスも知らせる必要は感じていない。ただでさえ、アルヴィスが目覚めた時に泣いていたのだ。その一因に己がいると知れば、エリナは自身を責めてしまうだろう。そのようなことは誰も望んでいないのだから。
「リトアード公爵令嬢……お前のことを本当に心配していた。最初の日は、傍を離れなかったし、その後も食事以外はほぼお前のところにいた」
「……目の前で、怪我をして、しまったから、な……怖かった、んだろう……」
「もちろん、それはある。実際、侍女に怖いと話していたらしいからな。だが、それだけじゃない。わかるだろう?」
「……? どういう、ことだ?」
知り合いが目の前で怪我をして数日意識不明であれば、心配するのは当然だ。更に、アルヴィスとエリナは婚約者同士。アルヴィスは怪我には慣れているが、エリナは貴族令嬢。重傷患者など目にするのもそう多くない立場なのだ。不安になるのも仕方ないと言える。
だが、レックスはそれだけが理由ではないと話す。それがアルヴィスには理解できなかった。
「アルヴィス……リトアード公爵令嬢をどう想っている?」
「どうって……」
アルヴィスにとってエリナは、ジラルドの暴挙の被害者であり、不憫な責務を背負わされた女性という意味合いが強い。突然、アルヴィスと婚約をさせられてしまったのだ。どちらかといえば、同情の方が強いだろう。ゆっくりではあるが、そう説明すればレックスは深くため息をついていた。
「……それは酷いな」
「……エリナ嬢も、特別何か、ということではないと……思うが?」
「それだけはない。リトアード公爵令嬢は、間違いなくお前に好意を懐いている。じゃなきゃ、あんな風にいつまでも手なんか握るかっ……」
「それは……怖かったせいだろ……」
「はぁ……この頑固者」
何やら残念な目で見られているが、勝手な憶測で話をするのはエリナのためにも良くない。当人が言ったわけではないのだから。
「まぁいい。お前らしくて……そろそろ交代だ。侍女殿とな。お前は、寝るか? 疲れただろ」
「……あぁ……そうする」
目を閉じれば眠気は直ぐにやってくる。会話をするだけでも、疲労は溜まっていたのだろう。そのままアルヴィスの意識は落ちて行った。




