8話
学園の創立記念祭です。今回はサクッと終わります。
ここから物語が始まったことを考えると、感慨深いですね。
王城で戴冠式に向けての準備が進む中、王立学園では創立記念の日を迎えていた。多忙な中ではあるが、王家代表としてアルヴィスが出向くことになっている。昨年も参列した創立記念祭。エリナが在学ということで、アルヴィスも意図して目立つようにしていたが今年にそれはない。王族の立場で参加するのみだ。
会場内に入ると、学生たちから多くの視線を感じた。ここに在学する学生たちの多くは貴族である。既に国王が退位することも、その時期についても既知だろう。講師陣と会話をしていると、ラナリスが近づいて来るのが目に入った。今年はまだ卒業生ではない。在校生としての参加なので、前に出てくることはないはずなのだが……。
「ラナリスさん、どうかされましたか?」
「はい、あの学園長先生。お兄様……いえ、王太子殿下とお話をさせていただきたいのですが」
怪訝そうに尋ねられた言葉に、ラナリスは学園長へと頭を下げるとアルヴィスを見た。この場において、王太子としている以上ラナリスは臣下として接しなければならない。ゆえに、学園の責任者へと請うたのだ。困惑した学園長の肩にアルヴィスは手を置き、立ち上がる。
「殿下?」
「しばし席を外します。ラナリス嬢、お相手をお願いできますか?」
会場では卒業生を中心にダンスが始まっていた。昨年、エリナはアルヴィスとだけダンスを踊った。アルヴィスも同じだ。卒業生以外でダンスを踊ることは禁止されていない。それでも踊る在校生は少数であり、踊っている学生たちも後方で楽しんでいるのみだった。ここでアルヴィスが出ればそういうわけにはいかない。当然、ラナリスもわかっているだろう。それでもアルヴィスと話をしたい。ラナリスはそう望んだ。ゆえに、アルヴィスはそれに応える。それだけの話だ。
アルヴィスがラナリスへ手を差し出すと、ラナリスもその手を取った。二人でダンスの環の中に入っていく。途中ではあったが奏でられる曲に合わせてアルヴィスはラナリスを導きながら足を動かした。
「あの……お兄様」
「俺に話があったんだろ?」
「はい。申し訳ありません。このような場所で……」
「構わないさ」
極力小さな声で話をする兄妹。周囲から注目を浴びることなどわかっていることなので、特段気に留めることはない。
「エリナお義姉様はお元気にしていらっしゃいますか?」
何の話かと思えば、最初にエリナの名が告げられる。そのことにアルヴィスは素直に驚きを示した。エリナのことを義理とはいえ姉として慕っているのはわかっていたが、サラからは手紙のやり取りをしていると聞いている。アルヴィスから様子を聞く必要があるとは思えなかったからだ。だが隠すことでもないのもまた事実。アルヴィスはエリナの様子を正直に伝える。
「元気にしている。あまり無理もさせられないから、公務も最低限にしていることを多少気にしているところはあるがな」
「良かったです。お義姉様はお兄様と違って、返事を下さるので大丈夫だとは思っていましたが」
「……ラナ。結構根に持っているんだな」
「お兄様の筆不精は今更ですから。寂しいのはその通りですけれど、昔と違って今のお兄様にそれが難しいことなのはわかっています」
昔はその余裕があっても手紙を書かなかったのに、忙しくなっている今書くことが出来ないのは当然だと。そういうことらしい。ラナリスの言う通りではあるのだが、アルヴィスからの手紙が来ないことを当たり前と思わせてしまったことには罪悪感を抱く。
「悪かった」
「いいのです。お兄様が手紙を書かれても、きっと本当のことは仰ってくださらない。それもわかっていますから。一言だけでも欲しかったのは事実ですけれど、今の私もそこまで子どもじゃありません」
くるくると回りながらラナリスは告げる。確かに身長も伸びた。こうしてアルヴィスと踊ることにも慣れたように堂々としている。アルヴィスが立太子してすぐの頃、デビュータントとして踊った時の様子が嘘のように。それだけラナリスも成長しているということだ。
「春にはラナも最高学年か。ヴァレリアも学園に入ってくるが……本当に大きくなったな」
「お父様のようなことを仰らないでください。といっても、お兄様ももうすぐ父親になってしまうのですね」
「そう、だな」
「マグリアお兄様はなんとなく想像がついたのですけど、アルお兄様がお父様になっている姿は想像が出来ませんでした」
「その点は同意する」
アルヴィスとてそんな未来を描いたことなどない。この学園に通っていた頃なら真っ先に除外していただろう可能性だ。そんなアルヴィスがもうすぐ親になるというのは、不思議な気分だった。
「お兄様」
「ラナ?」
感傷に浸りそうになったアルヴィスをラナリスの声が引き戻す。その視線はいつになく真剣なものだった。アルヴィスが首を傾げると、ラナリスは軽くため息を吐く。
「私も、お父様たちも、もちろんヴァレリアたちも楽しみにしています。家族が増えることを。何よりも、アルお兄様の血を引く子が生まれることを」
「……あぁ、わかっている」
「ちゃんとお義姉様を大切にしてくださいね」
「それもわかってる」
そろそろ曲が終わる。最後にラナリスをクルリと回し、アルヴィスはラナリスと正面から向き合った。
「お兄様の戴冠式が終わる頃になると思いますが、私の婚約が整うそうです」
「⁉」
「私も自分の立場も、その意味もわかっています。お兄様と同じ血を有する者として。私もお兄様の治世を支える手伝いができるのならば、喜んでそれを受け入れます」
終わるころに告げるものではないだろう。だが最初からラナリスはこれを告げたかったのだ。他の誰から教えられるのではなく、自分の口でアルヴィスに伝えたかった。アルヴィスはそっとラナリスの肩に手を置くと、その身体を抱きしめた。
「ラナにも、辛い役目を背負わせる。すまない」
「いいえ、お兄様。これもお母様とお父様の間に、王家の血筋を受け継ぐようにと生まれた私たちの運命ですから」
「そうだな」
唯一、同じ血を受け継ぐ者。アルヴィスが王位を継げば、ラナリスは必然的に王妹という立場になる。公爵令嬢としてよりもその地位が優先されることだろう。王宮に住むわけではないにしても、相応の振る舞いが求められる。かつてのエリナが求められていたのと同等か、それ以上のものを。ラナリスが婚約する相手、この時のアルヴィスはまだそれを知らない。




