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【Web版】従弟の尻拭いをさせられる羽目になった  作者: 紫音
第二部

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閑話 国王の困惑

あまりないですが、国王視点での話です。


「……はぁ」

「先ほどから何度も何度も、言いたいことがあるのであれば仰ってください」

「それは、そう……なんだが」


 新年の祭事。それを終えて戻ってきた国王は、後宮を訪れていた。新年の挨拶のためではない。今の心境を誰かに吐露したかった。ただそれだけだ。テーブルの上に用意されたティーカップには手を付けずに国王はソファーに項垂れるように座り、王妃と向かい合っていた。


「シルヴィ」

「はい、何でしょうか?」

「先のマラーナの件で、アルヴィスと共に向かった者たちがいるのだが」

「えぇ聞き及んでおります。なんと感謝をしたらいいのかわかりません……アルヴィスが無事に戻ってくれたのも、彼らの力なしとは言えないでしょうから」


 そう話す王妃の表情が曇る。既に覚悟を決めたアルヴィスに対して、いつまでも負い目を感じていてはお互いのためにならない。王妃にとってアルヴィスは甥ではあるが、今はそれ以上のものを抱いているように見えた。実の息子であるジラルドに対する想いのようなものを。だからこそアルヴィスが暗殺未遂に遭ったマラーナでの出来事は、王妃にとっても大事な我が子を失うのと同じようなものだった。


「そうだな。騎士たちも最悪とも言える状況下において、最善だったとはいえずとも全員が無事に戻ってきた。それだけでも十分功績に足る。形として残すことはできぬが」


 国王も騎士たちが全力を尽くしてくれたことを疑ってはいない。ただ、王太子を危険な目に遭わせてしまったことは事実であり、あの場にザーナ帝国の皇太子がいなければ、マラーナ王国の王太子がいなければアルヴィスはここにいなかったかもしれない。それを踏まえると、表立って評価することはできなかった。騎士たちもそれを望んでいない。主を危険な目に遭わせてしまった。それは変えることのできない事実なのだから。


「わかっています。アルヴィスも本当は彼らを労りたかったことでしょう。あの子は優しい子ですから」

「うむ」


 アルヴィスの優しさは、他者に対してのベクトルが強い。己よりも他者を。そこに身分は存在しない。これまで歩んできたアルヴィスの在り方がそうしているのだろう。ジラルドとは正反対の在り方。王となれば、それは己を苦しめかねない。アルヴィスもそれをわかっている。それにアルヴィスには騎士として彼らと過ごしてきた時間がある。国王にもジラルドにもない騎士同士の絆。近衛隊とも騎士団とも繋がりが深い。騎士の立場と王族の立場、双方に立つことが出来る。この先も、きっと良い関係を築いていくことだろう。おそらくは国王よりも。


「陛下、それが先ほどからの溜息をどのような関係があるのですか?」

「う……まぁその……アルヴィスに同行していた研究員がいるのだが」

「研究員、ですか?」

「アルヴィスの学園時代の友人だそうだ。ルークからも話を聞いたが、平民ながらも頭が切れる男らしい」


 国王もアルヴィスが学園時代にどのように過ごしていたかをざっくりではあるが聞いている。素行を確認するとかではなく、学園でどのように過ごしているのかが気になっただけだった。弟の息子たちの中で、マグリアは弟にそっくりな性格をしているがアルヴィスは穏やかな性格をしていた。いずれ王になる息子の傍に置くならばアルヴィスの方がいいと、漠然と思っていた。従兄弟同士で支えあってくれればいいと。ラクウェルにそのつもりはなかったようだが。

 そんなアルヴィスの学園生活についてきた名の一つだ。平民で特待生。首席入学していたが、入学後はアルヴィスが首席であり彼はいつも次席だった。次席であっても優秀な人材には変わらない。卒業後は王城内にある研究室に勤務。細かい報告書はこれから送ってもらう手筈になっていた。


「アルヴィスが友人に選んだというのであれば、信頼できる人なのでしょうね」

「そうかもしれんが」


 王妃のアルヴィスに対する信頼は固い。負い目を抜きにしても、もしかしたら国王よりも信頼されている気がしてならない。疑うことさえしない。アルヴィスの友人だというだけで、彼を信頼している。これが国王の友人だと言ったところで、王妃は信頼などしないだろう。


「……陛下は一体何がおっしゃりたいのですか? 先ほどから言葉を濁してばかりですよ」

「う、うむ。そのな、騎士たちはともかくとして彼は元々研究員だ。無事に戻ってきたことやアルヴィスと共に向かってくれたというだけでも褒賞を与えるには十分だ」

「えぇ。少なからず危険だとわかっていた場所に向かうだけでも、勇気のいる行動だと私も思います」


 アルヴィスからの頼みだったという。だが普通はそれだけで危険だとわかっている場所に同行などしない。それが出来たのは、あの二人が真実友人だったからだ。彼は、リヒト・アルスターは言った。王太子に頼まれたからではない。アルヴィスという友人に頼まれたからだと。命令だから仕方なくではない。力になりたいから共に行った。媚びを売るでもなく、そこにあるのはただの純粋な力になりたいという想い。思えばアルヴィスの周囲は、彼が王太子であるから傍にいるのではなく、アルヴィスだからこそ力を貸したいと望む者たちが多い。人徳なのか。それともアルヴィスが惹きつける何かを持っているのか。どちらかはわからないが、国王は素直にそれを羨ましいと感じた。国王にはなかったものだから。


「では、今日の祭事の場で褒賞をお与えになられたのですね」

「……それなのだが」

「陛下?」

「リヒト・アルスターは……褒賞の爵位を断った」

「まぁ! それでは一体何を望んだのでしょう?」


 何を望んだのか。今でもはっきりと覚えている。それを告げた時の彼の顔を。


「奴が望んだのは、リティーヌだ」

「……リティーヌ王女を、ですか?」


 共に研究したいと、リヒト・アルスターは言った。リティーヌとどこで接点を持っていたのか。アルヴィスの友人であれば不思議なことではない。そもそもリティーヌも何度か研究所には出入りしている。そこで邂逅したのだろう。だがそんなことよりも、平民が王女を望むことに問題がある。頭ではわかっているが、望むものを与えると告げた後だ。王という立場に在る者が、前言撤回することはできない。あの時のアルヴィスの表情を見る限り、既にそれを奴が望むことを知っていたのだろうことは想像できた。


「アルヴィスは驚いていましたか?」

「いいや。アルヴィスはいつも通りだ。むしろ知っていたと余は思っておる」

「それでは陛下がすべきことは、彼の望む通りに願いを叶えて差し上げることではありませんか?」

「どれだけリヒト・アルスターが優れていても、奴は平民だ。リティーヌは王女だ。それを許すことなど――」

「王女の降嫁先に必要なのは王族の信頼です。それを示すわかりやすいものが爵位というだけではありませんか。それに、必要であるならば彼に爵位を与えてしまえばいいのです」

「奴は断った」


 爵位を与えると告げた時、必要ないと断った。リティーヌを望むのならばそれが必要なのは誰でもわかることだ。それを断った男に、爵位を与えたところで断られるのが目に見えている。それでも平民に渡すことなどできるはずもない。

 そうぐるぐる考えていると、珍しく王妃が声をあげて笑っていた。


「シルヴィ?」

「陛下、アルヴィスがそれを考えていないとでもお思いですか?」

「……だが」

「アルヴィスはリティーヌ王女のことをよく知っています。それに、私には想像しかできませんが、リヒトという彼は王女のことを真実想っているのではないでしょうか? だから爵位を断ったのだと思いますよ」

「どういう意味だ?」

「爵位があるから、それが出来る場所にいるから望むのではなく、それが出来ない場所にいても望む。どちらの愛が強いでしょうね」


 王妃の話す意味が国王にはわからなかった。そもそも立場がなければ叶えられないことだ。彼の行動は無意味のように国王には映る。だが王妃にはわかっているようだった。


「彼もアルヴィスもわかっていますよ。王女を望むということは、爵位が付きまとうことくらいは。それでも示したかったのではないでしょうか」

「誰にだ?」

「陛下に。そしてリティーヌ王女にも。私にはわかります。キュリアンヌも、そこまで求められてしまえば反対などできないでしょうね」


 結局のところ同じではないのだろうか。国王には王妃の言葉の意味も、そしてリヒトの言動の意味も全く理解できなかった。



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