閑話 近衛の後悔
アルヴィスが負傷した翌日。レックスは護衛ではなく、詰所にてディンと共にルークより事情説明を受けていた。隊長の執務室にて、ディンと共に立たされている。目の前には机の椅子に座ったまま、険しい表情をしたルークが腕を組んでいた。
「……お前たちに非があるとまでは考えていない。だが、結果として殿下は現在も重体で、意識が戻っていないのもまた事実。今のルベリアにおいて、最も守られる立場の人間がだ」
「……申し訳ありません」
「っ……」
あの時、矢に一番に気が付いたのはアルヴィスだった。もしアルヴィスが帯剣していれば、結果は変わっただろう。矢を弾くことも出来たはずだ。それだけの技量をアルヴィスは持っている。
しかし、不幸にも近衛隊でないアルヴィスに帯剣は許されていなかった。近くにいたレックスらが気付いた時には、アルヴィスはエリナを抱き寄せており、口を塞いで悲鳴を飲み込ませているところで、その意図を察したレックスらは動くことも出来ない状態だったのだ。
「騒ぎにしなかった意図はわかる。あの時点での殿下の判断も間違ってはいない。一番の問題は、殿下が……アルヴィス自身が守る立場から抜けきれていないということだ。今のあいつは、守る側ではなく守られる側なのだということをハッキリ自覚させなきゃならん……」
「……では、殿下自身にも教育が必要だと?」
「そうだな。まずは守られることに慣れてもらうしかないだろう。自然に身体が動いちまうのだろうが……」
ルークは険しい表情のままだ。それもその筈、身に染み付いた無意識の行動を修正するのは容易なことではない。共に過ごしていたレックスは、それ以上に無理だと考えていた。あれは無意識もあるだろうが、性格によるものだと知っているから。だからアルヴィスを守るには、レックスらが今以上に強くなるしかないのだ。
執務室を出たレックスは、再び任務としてアルヴィスの私室へと向かう。レックスらがいない時にも、代わりの近衛隊らが護衛をしている。
「交代に来ましたが、中に?」
「レックスか……あぁ。あと今、リトアード公爵令嬢が来ている。まだ殿下の意識は戻っていないが」
「……そうですか」
「何か状況が変われば直ぐに報告しろ……陛下からの勅命だ」
「わかっています。では」
「あぁ」
断りをいれて部屋の中に入る。昨夜から変わらず、室内は暗い雰囲気に包まれていた。部屋の主であるアルヴィスが臥せっているのだから、当然だ。中にいた近衛隊士と入れ替わり、レックスは筆頭侍女のティレアに挨拶をした。
「お役目ありがとうございます、レックス殿」
「いえ。その、殿下の方は変わらずですか?」
「……はい。先に顔を見ていかれますか?」
「お願いします……」
ティレアはアルヴィスとレックスが元同僚同士であることを知っている。王妃付きだったこともあり、近衛隊として共に行動しているのを見たことがあるようだ。だから、この誘いは主のというよりは、友人としてアルヴィスを見舞うかと聞いていたのだろう。
寝室への扉を開けて中に入れば、エリナがアルヴィスの手を握っているのが見える。側には見知らぬ侍女が一人立っていた。先にそちらへ向かい、レックスは騎士礼を執った。
「失礼します。殿下の護衛をしております、レックス・フォン・シーリングです。リトアード公爵令嬢の侍女殿でしょうか?」
「はい。特例としてこの場に居させていただいております、サラと申します」
「……申し訳ありません。護衛という立場上、知らない訳にはいきませんので」
「いいえ、お仕事なのですから気にしておりません」
頭を下げたサラにレックスは頷きを返すと、エリナとは反対側のベッドサイドへと立った。
「……アルヴィス」
顔色は決して良いとは言えない。荒い呼吸をするアルヴィスを見て、レックスは口を引き結んだ。そっと髪に触れる。
「少しは頼りにしてくれよ……お前はいつもそうだ……次はお前に怪我などさせない……約束だ」
小さくアルヴィスだけに届くように囁く。それがレックスから年下の友人に向けての決意だった。




