閑話 自らの立場と決断
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『お前には選択肢がある』
アルヴィスからそう言われたキアラは、その場は考えさせてもらいたいと即答することは控えた。アルヴィスもそのつもりだったようで、返事は急がないと言ってくれた。しかしそれでも、その選択をする日は近づいてきている。
「……どうするのが一番いいのかな」
「キアラ様」
今、キアラは与えられている客室にいた。夕食を終えて就寝するだけではあるが、今日アルヴィスから言われた言葉がずっと頭に残っていて、すぐには眠れそうにない。そんなキアラの傍にいるのは、今は一人だけだった。後宮にいる頃からずっとついてきてくれている侍女の一人で、名をフリアン・フォン・ユスフォスという。その家名が示す通り、ユスフォス公爵家の人間であり、アルヴィスの教育の補助のようなことをしているユスフォス老の縁者である。元々は結婚していたのだが、ユスフォス老の孫である夫と死別してからは後宮から出ることなく、キアラの専属侍女として傍におり、キアラが最も信頼している侍女でもあった。
「キアラ様は、ご両親と共にいることを望みますか? それともお傍を離れることを望みますか?」
「私は……」
「王太子殿下が最も気にされているのは、そこだと思います。キアラ様がどこにいたいのか。この先、どのような道を選んだとしても、環境は変わってしまいますが、一番の変化はご両親とのことだと思います」
両親と離れるか共にいるか。大きな選択はそこにあるとフリアンは言う。確かに、そうなのだろう。だが、キアラからしてみれば両親という言葉に馴染みがない。親といえば、国王と側妃その人たちなのだと理解はしている。兄にしてみても、ジラルドが異母兄だと知っていても、親しみは感じない。同じようなことを国王にも感じている。母とは一緒にいることが多いので、離れれば寂しいと思うだろう。でも離れたくないというような強い気持ちは湧いてこない。
「私ね、お父様と一緒に何かをしたことないの。食事とかはあるけれど、抱きしめてもらったこととか、頭を撫でてくれたとか、そういうのってアルヴィスお兄様がしてくれた記憶しかなくて」
「そうかもしれませんね。王太子殿下は、リティーヌ様と一緒にキアラ様のところに来ることは多かったですから」
「うん」
兄と言われれば、直ぐにアルヴィスの姿を思い出す。自分が兄と呼んだことがあるのはアルヴィスだけだから。姉のリティーヌも大好きだ。今では、アルヴィスの妃となったエリナも姉のようなもので、一緒にお話することもある。兄と姉、そして母。キアラの生活の中において、家族として思い浮かべるのはこの人たち。国王の姿はあまり思い描かない。
「お父様のことは、別に嫌いじゃないのよ」
「はい」
「でも一緒にいるなら、お兄様やエリナお姉様、リティーヌお姉様と一緒がいい……それに、きっとお母様も、アルヴィス兄様のとこにいるべきだって思っている気がする」
母は、そういう考えをする人だ。感情というよりも、何を優先すべきかを考える人。キアラはまだ成人前で社交界デビューさえしていない。まだ貴族たちに正式な顔見せを行っていない。貴族としてもまだまだだ。王族の血を引く以上、淑女としても女性としても手本とされるような人であらねばならない。そう、エリナのように。それならばキアラの選択肢は一つだ。
「私は第二王女で、まだまだ子どもではあるけれど、それでも王族であることに変わりはない。なら、それに相応しい振る舞いと知識を身につけなければならない。そのためには、お兄様の下にいるのが一番いいと思うの」
いずれは降嫁する日が来るのかもしれない。その時にはエリナのような女性になっていたい。凛とした女性になっていたい。リティーヌのように、賢い女性にもなりたい。目標とする人たちがいるところにいるのがいい。そんな気がするから。
「お父様は、寂しがるかしら?」
「……それはわかりませんが、国王陛下もキアラ様の成長を喜んでくださるかもしれませんよ」
「フリアン、それはきっとお父様を過大評価していると思う。絶対、リティーヌお姉様なら「期待する方が無駄」とか言いそうだもの」
「うふふ、キアラ様がそんなことを言ったとお聞きになったら、陛下も卒倒するかもしれませんね」
「まさかお父様に限ってそんなことはないと思う。だって、お父様は私たちにあまり興味がなさそうだもの」
こちらから会いに行かなければ、国王は顔を見せることはない。側妃である母の下には行っているらしいのだが、子どもについては関心がないのか恐れているのか足を運んだのを見たことがない。国王は忙しいから仕方ないのだと周囲に言われているが、それでもアルヴィスが王太子となってからも変わらなかった。それほどに忙しいのだと言われればそれまでだけれど、母の下にくるのであれば子どもたちに顔を見せるくらいできるだろうに。ただ、顔を見せたらそれでリティーヌが怒りそうだけれど。
「キアラ様、国王陛下も道を間違えることはあるのですよ」
「わかってるわ。だからこそ、アルヴィスお兄様が迷惑を被っているのだから。でも、これはこれでよかったとも思っているのはそうなのだけど」
「良かった、ですか?」
「エリナお姉様がね、幸せそうだから」
「妃殿下が……?」
気が付いた時には、エリナは王城に出入りしていた。後宮にも来ていた。いずれは義理だけれど姉になるのだと言われて、キアラは嬉しかった。いつでも優しくて、わからないところを聞けば教えてくれる。リティーヌに比べれば会う機会は多くはなかったけれど、そんなキアラでもエリナの顔が憂いていくのがわかった。ジラルドの所為だということを知ったのは、もっと後だったけれど。
「アルヴィスお兄様と結婚してから、エリナお姉様は綺麗になったし、笑うことが増えたでしょう? その前はなんていうか、少し寂しげだったっていうか、疲れてるようにも見えたから」
そう、疲れていたのだ。おそらく、ジラルドの対応やそのフォローをすることに。今はそんなことをする必要はない。そもそも、エリナにさせる方が間違っていた。ジラルドは気が付いていなかったけれど、あの人の評価の半分以上はエリナのおかげだったのではないかとキアラは本気で思っている。だからこそ、ジラルドを兄として親しく感じないのかもしれない。キアラにとっては、エリナの方がよほど家族のように感じているのだから。
「フリアン、帰ったらお母様とお話しようと思う。今後のこと、アルヴィスお兄様にお返事をする前に、ちゃんとお母様にも」
「それがいいと思います」
「うん、フリアンも相談に乗ってくれてありがとう」
「すべてキアラ様ご自身で判断されたことです。私は何もしておりませんよ」
「聞いてくれたから私は決心できたんだもの。だから、それでいいの。フリアンのお陰でもあるんだから」
口に出して、それを聞いてくれる人がいたから判断が出来た。だから感謝しているとフリアンに告げれば、彼女も笑ってくれた。いつまで一緒にいられるかはわからないが、できるならいつまでもフリアンが傍にいてくれたらいい。口に出せば、それは命令にもなってしまうから言えない。いつの日か別れが来るのかもしれない。その時には、もっとちゃんと王族らしく、フリアンが誇れるような人間になっていたい。キアラはその決意をそっと胸にしまった。




