16話
翌朝、昨日よりも少し霧がかったガスのようなものが出てきていた。
「殿下、これを」
「あぁ」
活発に活動をしている火山ではないにしても、こういった変化が起こるのは珍しいことではない。アルヴィスは水の力を宿した外套を羽織った。朝食を終えた後で、一行は目的地を目指して出発した。浄化地までそれほど時間はかからないという。
昼前に浄化地へと到着した。あたり一帯に瘴気が発生しているのがわかる。ガスと絡み合っているかのように瘴気が空へと広がっているようにも見えた。
「……旦那様」
「うむ……確かにこれは前回とは違う様相だ」
「父上、どういうことですか?」
瘴気を見て険しい表情となったラクウェルにアルヴィスが問いかける。ラクウェルが言うには、ガックル火山の瘴気は広範囲に及びはするものの、こんな風にガスと合わさって吹き上げるような状態になっているのは見たことがないと。
「殿下、魔物です」
「っ」
ディンの声にアルヴィスは愛剣を抜き、あたりを警戒する。瘴気が発生している箇所は広い。ラクウェルが水晶を持っている状態で近づいてくるということは、それなりの力を持った魔物ということだ。アルヴィスは笑みを浮かべた。
「イーガン、父上を頼む」
「アルヴィス様⁉」
「ディン、レックス、付き合え」
「……承知しました」
この状態で浄化は出来ない。そして今の様相はガックル火山の通常の状態とは違っている。おそらく遠征の時と同じように異常が起きているのだ。ざっと見まわしてみると、アルヴィスたちは魔物たちに囲まれているらしい。その力はおそらく遠征地で遭遇した魔物と同じ程度だろう。異常事態が発生したとなれば、アルヴィス自身が身を守るために手を出したところで文句は出ない。ディンが反対しないのは、そういうわけだった。
「全部倒していいのか?」
「父上たちの方にも何体か向かっているが、それはイーガンとエドの弟たちが何とかするだろう。それが出来なくては護衛官など務まらないからな。だが、これは明らかに異常だ。それに――」
「魔物たちの様子も少しおかしいですね。ガックル火山において、今まで報告にない種類の魔物たちのようですから」
「油断しないように、ではあるがある程度情報も欲しい。できるか?」
ガックル火山の魔物の生態系が変わってしまったのか。それとも瘴気異常による影響なのか。その辺りだけでもはっきりできたら収穫にもなる。アルヴィスは剣にマナを注いだ。
「本気でいくのか? 珍しいな」
「人数が少ないし、ここは木々があるわけでもない。多少暴れても自然を壊すことにもならないからな」
「確かにそうですね」
意外とディンもアルヴィスの行動に反対はしなかった。ディンが賛同するならレックスが反対するはずもない。アルヴィスは笑みを浮かべながら、剣を構える。
「後ろには父上たちもいる。護衛官もいるが、漏らしたりしないようにな」
「わかっております」
「おぅ」
「殿下もほどほどにお願いしますよ」
「わかっているさっ」
それが合図とでもいう風にアルヴィスが魔物へととびかかる。ディンとレックスもその後に続いた。
マラーナから帰還して、アルヴィスはどこか悶々とした気分だった。後味が悪かったのだ。何もかもが。だからどこかで発散したかったのかもしれない。アルヴィスは己の力が普通ではないことを自覚している。近衛隊士相手に鍛錬をしていても、常に本気では戦えない。騎士団の時は、外の遠征に出れば魔物との討伐も経験することが多かった。だが近衛隊へ異動となってから、その回数は急激に減った。王太子となってからは当たり前のように前線へと出なくなった。正直に言えば、持て余していた。己の力を。だからアルヴィスにとって、今の状況はありがたいものだった。
「はぁっ!」
遠慮なく魔物を斬り伏せていく。すべてのマナを解放することまでは出来なくとも、存分に剣を振るう機会を得た。遠慮はしない。する必要もない。アルヴィスは高揚感を得ている己に苦笑する。
「アルヴィス様、後ろ!」
「問題ない!」
後ろから魔物が襲ってきていることは知っている。アルヴィスは振り返ることなく、左手を後ろにかざすとそのままマナの力で以て魔物を消し去った。その間にも正面から魔物が襲ってきている。アルヴィスはそれを剣で斬り伏せた。
「ヒュー」
「シーリング、集中しろ」
アルヴィスを冷やかすように口笛を吹き、レックスはすかさずディンから叱責をもらう。鍛錬時のような空気だった。ディンもレックスも魔物を次々に葬り去っていく。やがて瘴気だけとなったところで、アルヴィスは剣を鞘へと納めた。
「終わりだな」
「はい」
ラクウェルらの方を見れば、浄化を始めているのが見えた。徐々に瘴気も薄くなっていく。どうやらこの場所の浄化は問題なく終わりそうだ。
この地の浄化を終え、残りの場所への浄化も終わったところでアルヴィスたちはガックル火山を下山していった。