15話
ガックル火山。その麓にある村へ寄った後で、アルヴィスたちはその火山口に来ていた。
「ここが……」
「そうだ。こちら側からの入口ということになるな。他の領地からもそれぞれ入口はあるが、こちら側が浄化地との距離が最も遠い。だからこそ、ベルフィアス公爵領は王族に連なる者たちでつないできたと言えるのかもしれんがな」
「そうですね」
火山の入口には、注意書きのお触れが書かれた案内板が立てられている。出入りを広く制限しているわけではないので、心得として最低限知っておくべきことなのだろう。遭難したとしても自己責任となる。ガックル火山では良質な鉱石が採れると言われているが、火山といってもその範囲は広く長い、そしてかなりの高さを誇る。本格的に探すともなれば、地形に詳しい人間が必要だ。下手をすれば迷い、鉱石を採ったところで帰れなくなる。だが、麓の村ではそういった道案内の類は一切引き受けない。その理由は……。
「そもそもこちら側からだと採掘に向かうのには不向きだ」
「何故ですか?」
「……行けばわかる」
説明するよりも見た方が早い。そういうラクウェルの背中を追う形でアルヴィスはついていった。そうして入って少しばかり進んだ辺りで、アルヴィスは納得する。これでは確かに採掘などと言ってられない。
火山なので山を登るのだろうというのは誰もが想像することだ。だが、その道は想像以上に険しいものだった。手慣れた様子で進む護衛官長と領主に、追従していくのは何度も来ている護衛官たち。二の足を踏んでいるのは、今回が初参加であるというハスワーク兄弟だった。アルヴィスと近衛隊士も、先に進んだ者たちを眺めて状況を確認している。
道はあるものの、そこは細く二人が並ぶのがやっとといったところだ。傾斜はそこそこの角度がある。そのまま進むより前傾姿勢で滑り止めのようにむき出しになっている岩を踏みながら進むしかない。体格がいいイーガンが足をかけても崩れる気配もなかったので、それなりの強度はあるだろう。
「殿下」
「先に俺が行く。ディンはその後、レックスはエドの弟たちの後で来てくれ」
「承知しました」
「おう」
待っていたところでハスワーク兄弟が動きそうにないため、アルヴィスが先に行く。道を歩くというよりは、階段を上がっているという感覚に近かった。異なるのは足場が不安定な岩だということくらいだ。だがアルヴィスにとってはさほど苦労する道ではない。そのまま登りきれば、ラクウェルたちの姿が見える。待っていてくれたらしい。
「アルヴィス」
「お待たせしました」
「まぁお前なら軽いものだと思っていたんでな。さほど心配はしていないが……」
問題はハスワーク兄弟のことだというのは、言わなくともわかった。父であるイーガンに至っては、先に進みたがっているようにも見えたが、ラクウェルが少しだけ待ってやれと宥めている。
「この先も似たような道があるんですか?」
「要所要所にな。こっち側は山の背というか……比較的傾斜がある道が多い。上に行けば緩やかにはなる」
「そうですか」
「疲れたなら言ってくれ。休憩を取れる場所も一応あるからな」
「問題ありません。父上たちのペースで向かってください」
アルヴィスもだが当然ディンたちも、よほどのことがなければ休みたいなどと思うことはない。それ以前に、一領地の護衛官になど近衛隊が劣るようなことがあってはならない。そういう意味では、元近衛隊士としてアルヴィスも同様だった。
そんなアルヴィスの態度に、ラクウェルは表情を和らげる。
「父上?」
「いや、何でもない。さて先を急ぐぞ」
「はい」
振り返ればハスワーク兄弟とレックスがやってくるのが見えた。鍛えていても、慣れない道を進むというのは考えているより体力を使う。だが、そんな二人を待つつもりはないようだ。
その先も似たような傾斜の道を通り、夕方近くになって火山の中腹辺りに差し掛かったところで、休息をとることになった。ここで野営地を作り、夜を明かす。これ以上先に進むのは、闇が濃くなる時間帯だと魔物が出てくることもあるため、できれば朝方に抜けたいということだった。
「魔物との戦闘にも興味はあったけどな」
「アルヴィス殿下」
「冗談だ」
遠征とは違い、魔物との戦闘は最小限だった。魔物除け効果を持つ水晶をラクウェルが持っているため、弱い魔物は近寄ってこない。ラクウェル自身の強さは大したものではないので、それほど広い効果は発揮しないというが、イーガンが手古摺るような魔物は出てきたことがないらしく、強い魔物に遭遇することはないと。
「ですが、以前の遠征のように魔物に変化が起きている可能性はゼロではありません」
「……そうだな。あの件については結局まだわかっているわけじゃない。瘴気発生地が近くなってきたという点を踏まえても、明日は警戒しながら進んだ方がよさそうだ」
マラーナに向かう前で行った近衛隊遠征。あの時は予想外の襲撃にも遭った。苦戦するような魔物ではなかったけれども、現れること自体が想定外だったのだ。同じようなことが起きないとは限らない。まして、今回の浄化ではさほど護衛官の人数も多くない。もともと、魔物に遭遇することが少ないという理由もあるし、魔物除け水晶を持っているということも理由の一つだろう。
「閣下にもお伝えしてまいりましょうか?」
「……そうだな。何か起きてからでは遅いし、警戒しておくことに越したことはない。何もなければそれが一番いいが」
「はい。では、行ってまいります」
「頼む」




