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【Web版】従弟の尻拭いをさせられる羽目になった  作者: 紫音
第一部

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閑話 令嬢の不安

 

 エリナは薄暗い部屋の中で、ベッドに横たわるアルヴィスをじっと見つめていた。汗が滲み、時折苦しそうに表情を歪める様は、エリナの不安を掻き立てるだけだが、それでも離れるという選択肢はなかった。

 握り締めた手は熱くて、熱が高いのが伝わってくる。少しでも楽になればと、用意してもらった冷たい水で自分の手を冷やしては、アルヴィスの手を握ることを繰り返していた。タオルも温くなる度に、冷たいタオルと交換する。エリナが出来るのはその程度だ。


「……エリナ様、そろそろお休みになられてはどうですか? 別室に、用意しましたので」

「イースラさん……私は大丈夫です……まだ、ここに居させて下さい」

「では、せめてお着替えだけでも……」


 エリナの姿は、パーティーで着ていたドレスのままだった。寝室にアルヴィスが運び込まれてから、ずっとこの場にいたので着替えていない。そもそも、ここはアルヴィスの私室である。エリナの着替えなど用意されてはいないのだから、着替えることは無論出来ない。それでもイースラが声をかけてきたということは、どこからか用意してきたということなのだろう。イースラらの好意だとわかっているが、エリナはこの場を離れたくなかった。


「いいえ……私はここに」

「……エリナ様」

「私は…………今まで当たり前のように守られていましたが、その現場を見たことがありませんでした。誰かが、こうやって苦しんでいたのも知らずに……私はのうのうと過ごしていたのです」


 それは貴族であれば当たり前だ。更に令嬢ならば、余計に目にすることはない。意図的に見せないように周囲が守っている。令嬢だけでなく、女性ならば現場に居合わせただけでショックを受けて倒れることも珍しくない。

 アルヴィスに矢が刺さった直後は、エリナも動揺していた。口を塞がれていなければ、大声を出していたはずである。その時は、恐怖よりも驚きが勝っていた。しかし改めてこうして安全な場所に来ると、途端に恐怖が湧き上がってくる。少しでも逸れていれば、アルヴィスの命はなかった。エリナに刺さることもあっただろう。もし、その矢がエリナに当たっていたら……。

 エリナは思い出したように、ぎゅっとアルヴィスの手を握り締めた。震える身体を誤魔化すように。


「エリナ様……」


 イースラがそっとエリナの肩を抱く。それでも、エリナの震えは止まらない。


「……怖いのです。私は……。だから……」

「……わかりました」


 今は気持ちが落ち着くのを待つしかないと判断したのか、イースラは立ち上がり衣装室に向かうと、一枚の上着を持ってきた。アルヴィスの服だ。それをエリナの肩に掛ける。


「あ……」

「……アル様の物ですが、エリナ様ならば構わないでしょう。夜は少し冷えますから」

「ありがとう、ございます」


 掛けられた上着からは暖かさが伝わってくる。仄かに香るのはアルヴィスに抱き寄せられた時と同じ匂い。エリナは羽織った上着を空いている手でしっかりと掴んだ。それだけで、身体の震えが少しだけ落ち着いた気がしていた。




 そのままエリナは夜を明かした。流石にそのままでいることは出来ずに、リトアード公爵家より侍女とともに持ち込まれたエリナ自身の衣装へと着替える。

 エリナ用にと別途客室も用意されており、そこにはエリナの侍女であるサラも来ていた。他にも侍女が二人同行している。全て、リトアード公爵の計らいだ。城に滞在することをリトアード公爵が許していることを示していた。


「お嬢様、旦那様も奥様もとても心配していらっしゃいました」

「ごめんなさい、サラ。皆も……少しだけ落ち着いたのだけれど」

「……いいえ、事情は旦那様より伺いました。箝口令が敷かれているとのことで、王太子殿下が負傷したことは一部の者しか知り得ません。お嬢様の滞在については、陛下がお許しになられたということで、学園からも一時的な帰宅という許可を頂いております」

「そう、なの?」

「はい。短い間ではありますが……」


 破格の扱いである。それも国王が認めたということが大きいのだろう。エリナも流石に帰宅をしなければならないと考えていたので、これには驚きを隠せなかった。


「どうして……?」

「表向きは王太子妃教育のためということですが……。旦那様が陛下にお願いをされたのです。お嬢様を、王太子殿下の側に居させてほしいと」

「お父様が?」

「はい」


 逆に連れ戻すように指示を出してもおかしくない父が、国王に頭を下げるなど考えられないことだった。だが、サラはエリナに忠実である。決して虚偽を伝えることはしない。ならば、本当にエリナはここにいて良いということになる。少しだけエリナは笑みを見せた。


「サラ、皆もありがとう……これからアルヴィス殿下のところに行ってくるわ。サラも、来てくれる?」

「……はい。お供させていただきます」


 サラを同伴することは、事前に許可をもらっていた。王太子殿下の私室に入るなど、一介の侍女には許されぬことだが、ことがことゆえ今回は目を瞑るということだ。

 朝食を終えて、エリナは再びアルヴィスの部屋を訪ねるのだった。


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