3話
連載に変えたので、少し長めに話を続けることにしました。
アルヴィスが与えられたのは、以前王弟が過ごしていた一画だった。すなわち、アルヴィスの父が過ごしていた場所だ。
あの翌日には王族に復帰が認められ、アルヴィスは名をアルヴィス・フォン・ベルフィアスからアルヴィス・ルベリア・ベルフィアスに変えることとなった。立太子の儀式は、三日後。その後は、正式にエリナと婚約を結ぶことになる。その前に顔合わせをすることになっており、今日がその日だった。
これまでの近衛隊服から貴族らしい服装へと改めることになり、アルヴィスは何度目かわからないため息をつく。公爵子息として何度も身に付けたことのある服ではあるが、城内はアルヴィスにとって職場だった。今は違和感しか感じない。近衛隊に居たときは、身の回りのことは一人で行っていたが、ここではそういうわけにはいかなかった。専属の侍女と侍従が付くことになる。昨日の今日で直ぐに決まる訳もないのだろうが、後宮の侍女たちから何人かが既にアルヴィスの侍女としてこの場にいた。彼女たちの手を借りる形で、服を身に付けるとアルヴィスはソファに腰かけた。時間を置かずして、目の前にカップが置かれる。これだけでも、彼女たちが如何に優秀かわかるものだ。それほど面識があるわけでもないアルヴィスの一挙一動に、応えているのだから。用意されたカップを手に取り口をつける。
「いかがですか、アルヴィス様?」
「……普通に美味い」
「そうですか……」
肩を落とした様子の侍女。恐らく紅茶の好みを知りたいのだろうが、突出して美味しいとも不味いとも感じないのだから仕方ない。どのような紅茶が好みかなど、アルヴィス自身にさえわからないのだ。実家にいた頃から世話をしていた侍女らの方が、よっぽど知っていることだろう。
そうしている内に、外から声が掛かった。迎えが来たのだ。気が進まないことでもあるからか、アルヴィスはゆっくりと立ち上がる。外に出れば、執事と先日まで上司であったルークの姿もある。
「アルヴィス様、リトアード公爵閣下、及びリトアード公爵令嬢エリナ様がご到着なされました」
「わかった……」
「こちらでこざいます」
執事の後を付いていくアルヴィスと、更にその後ろを歩くルーク。アルヴィスから声をかけない限り会話が発生することなどない。普段はおちゃらけたようなルークだが、公私混同をすることはなく、こういう身分における態度はきっちりとする男だった。現在は仕事中だ。例えアルヴィスから話しかけたとしても、これまでのように接してくることはない。
来賓用の応接室に着くと、執事が中へ伺いを立てる。了承の意が返ってくると、扉を開き執事はアルヴィスへ頭を下げた。中に入れ、ということだ。室内には、国王とリトアード公爵、そして公爵の隣にエリナ嬢が座っていた。
「来たか、アルヴィス」
「お待たせしました」
「構わん。座れ」
「はい」
国王に促されるまま、隣に座る。以前までなら後方に立っていた相手の隣というのは、居心地が悪かった。伯父という意識が無いわけではないが、それ以上に主という意識が残ってしまうのだ。実際に、近衛隊の仕事として関わったのは少なかったが、半年もすれば慣れてしまうもので、直ぐに変えられるものではない。
「リトアード公爵、此度の件……承諾してくれたこと、礼を言う」
「……礼には及びません。私は、娘が幸せになる選択をしたまで。かのお方個人に対しては許すことなどあり得ませんが、我が娘にも至らぬところがあったかもしれませんので」
「そうか……エリナ嬢にも考えることがあったとはいえ、落ち度はこちらにある。エリナ嬢には、変わらず王太子妃としてこの国を支えてほしい。これは、我が王妃も同意見だ。あれは、エリナ嬢を特に気に入っているようでな……」
「恐れ入ります」
エリナが王妃のお気に入りというのは、アルヴィスも知っていた。王女二人も、エリナとは良好な関係を築いているということも、噂として伝わってきてはいる。本当に、何の問題もなかったはずなのだ。ジラルドが余計なことを思わなければ。またため息が出そうになるが、ここは国王も公爵もいる。アルヴィスは、何でもないように努めるしかなかった。
「ゴホン、では改めてになるが……アルヴィス」
「……お久しぶりでございます、リトアード公爵閣下。アルヴィス・ルベリア・ベルフィアスです」
改めてリトアード公爵へ視線を向け、目礼する。王弟の子として、同格の公爵家であっても身分はアルヴィスの方が上だった。尤も、アルヴィス自身は騎士として務めていくことを望んでいたので、心情的には目上な相手と捉えている。少しばかり丁寧になってしまうのは仕方なかった。それを相手が理解してくれるとは限らないが。
「アルヴィス様、私は臣下なのです。あまりへりくだった話し方はお止めください」
「公爵の言うとおりだ」
「……善処、します」
「全く……公爵、アルヴィスもまだ変化に戸惑っている。多少のことには、目を瞑ってもらいたい」
アルヴィスとしては、状況に呆れているだけなのだが、完全に受け入れている訳ではないのだから、戸惑っているということも間違いではないのかもしれない。いずれにしても、慣れるまでは見逃してくれるとアルヴィスとしても助かることだ。
「確かに仰る通りです。承知しました。では、こちらも……エリナ」
「はい」
涼やかな声で返事をすると、エリナは立ち上がり淑女らしく礼をする。紅の髪に、青い瞳。父親である公爵と同じ色を持ってはいるが、顔立ちは似ていない。恐らくは母親の方に似ているのだろう。パーティー等で見かけたことはあるが、こうして目の前で顔を会わせたことはない。声を聞くのも初めてだった。
「エリナ・フォン・リトアードと申します。アルヴィス殿下、どうか宜しくお願い致します」
「……こちらこそ」