8話
到着!
「……戻ってきた、か」
思わず漏れてしまった言葉。「帰ってきた」ではなく「戻ってきた」。ここは確かにアルヴィスの生家であるのに、帰る場所ではなくなってしまった。王都にある屋敷でさえも、もう「帰ってきた」とは感じなくなっているのかもしれない。そう思うと、一抹の寂しさを感じる。避けてきた場所であるのに、離れることになって寂しさを感じるというのも酷い話だ。アルヴィスは自嘲の笑みを溢す。
「アルヴィスお兄様、どうかされたのですか?」
「大丈夫、何でもないよ」
心配そうな顔でこちらを見ていたキアラにアルヴィスは笑みを向けた。今のアルヴィスの心境などキアラは知る必要はない。その隣に座っていたエリナは、何かを察したように気づかわし気な視線を向けてきたが、アルヴィスは首を横に振った。エリナは知っている。アルヴィスが実家を避けていたことを。だが今はそれを話す時間ではない。
そうこうしているうちに、馬車が止まった。到着をしたのだ。アルヴィスは心を落ち着かせるために胸に手を当ててから馬車の扉を開いた。
降り立った先、その目の前には懐かしい屋敷の姿。そこに並ぶ者たちも見覚えがある顔ばかり。彼らの中に、涙ぐむ者を見かけてアルヴィスはバツが悪そうに頬を掻いた。あれはエドワルドとイースラの母である侍女長だ。その隣にいる屈強な男がエドワルドの父であり護衛官の総長。厳つさといい体格といい、エドワルドとは全く似ていない。彼らにも改めて話をしなければならないだろう。
フィラリータたちが傍に来たことを気配で感じたアルヴィスは馬車内へと手を伸ばす。
「エリナ、先に君が」
「わかりました」
アルヴィスの手を取ってエリナが降りてくる。地に足を下したのを確認してから、アルヴィスはフィラリータへと視線を向けた。そうすれば彼女はミューゼと共にエリナの傍へと来る。エリナから手を放して、アルヴィスは次にキアラへと手を伸ばす。
「キアラ」
「は、はいっ」
緊張気味にキアラはアルヴィスから差し出された手を握りしめる。街に降りるのとは違う。貴族の屋敷に招かれたという形は初めての体験だ。立ち居振る舞いを見られる最初の所作。緊張するのも無理はない。
若干力んではいるものの、キアラは馬車から降りて屋敷を見上げるようにしていた。王城と比べれば小さくも見えるかもしれない。それでも王都の屋敷に比べれば大きいし、別邸も含めるとそれなりの広さがある。
口を開けて建物を見上げるキアラに、アルヴィスはポンと軽く肩を叩いた。
「あ、ごめんなさいお兄様」
「いや。最初だから構わないさ」
他の貴族家であるならそうはいかないが、ここは王弟一家の屋敷。多少の失敗は大目に見てくれる。
「ようこそおいでくださいました、王太子殿下、妃殿下、それに王女殿下。ベルフィアス家一同歓迎いたします」
そう言ってアルヴィスたちを出迎えたのは、ラクウェルとオクヴィアス。頭を下げて臣下の礼を執る。二人に合わせるように、後ろで控えている使用人たちも一斉に頭を下げた。
「……出迎えありがとう、公爵。公爵夫人。暫く世話になる」
ラクウェルらがアルヴィスを王族として迎えたのならば、アルヴィスも王族として応えなければならない。一瞬の間が生じたのは、父に対する言葉遣いを迷ったからだ。公の場であるならともかく、ここは身内ばかり。そしてアルヴィスを幼い頃から知っている使用人たちもたくさん見ている。まるで成果を見られているような、そんな気恥ずかしさもあった。
アルヴィスの心境を感じ取ったのか、ラクウェルは表情を和らげるとアルヴィスの傍に来てその肩に手をのせた。
「堅苦しいのはここまでにしようか」
「そうしていただけると助かります」
出迎えられた後までそのような態度を取られてしまえば気疲れしてしまう。それではエリナもキアラも気が休まらないだろう。漸くアルヴィスとラクウェルが父と子として会話をするのを見て、場の雰囲気が柔らかくなったのは気のせいではない。
屋敷内へ入り、サロンへと案内された。兄であるマグリア一家は王都屋敷にいるらしく、ここにはいない。ラナリスも学園寮にいるため不在だ。その為、今この屋敷にいるのはアルヴィスの両親だけ。弟のヴァレリアと妹のミリアリアは別邸に、二人の母であるレオナもそこにいる。それがこの屋敷の当たり前だ。
侍女たちが手際よくお茶の準備をし、全員の前にカップが置かれる。改めて挨拶を交わし、ラクウェルがエリナとキアラの二人にも声を掛けた。堅苦しさが抜けたようで、オクヴィアスとエリナ、キアラが会話を弾ませている。そんな様子を見ていると、正面に座っているラクウェルがアルヴィスをじっと見ていることに気づく。アルヴィスは首を傾げた。
「父上?」
「いや……建国祭の時はお前はいなかったから、顔を見るのは随分と久しぶりな気がするなと思ってな。お前の生誕祭以来になるか」
「えぇ、そうですね」
「大きな怪我もないようだと、安心したんだ」
「……」
ラクウェルの視線はアルヴィスの様子を観察しているものだったらしい。怪我がないか。不調がないかを見ていたのだろう。ラクウェルはベルフィアス家当主である前に、アルヴィスの父であり国王にとっては弟である。マラーナ王国で起きたこと、国王から聞いていても不思議はない。全てを知っているわけではないだろうし、アルヴィスも国王にすべてを話してはいない。ただ、知っていても動けない以上、ラクウェルは待っていることしか出来なかった。
「ご心配をおかけして申し訳ありません」
「謝る必要はない。そういう立場に、お前を置いてしまったのは私たちにも責任があることだ。それに……己の為すべきこと、できることから目を逸らさずに前へ進むこと。それを起こした結果だろう?」
「……はい」
「ならば私が何かを言うことはない。ただ無事で戻ってきてくれればそれでいい」
「ありがとうございます、父上」
ラクウェルとアルヴィスが二人だけで落ち着いて会話をしているのって、最初以来かもしれませんね。
今回は、ベルフィアス家を構いたい!と思っています!




