閑話 親たちの心境
一方その頃。
ディンが持ち帰った情報に、ルークは頭を抱えた。だが、黙っているわけにもいかず、直ぐに待機室へ国王、ベルフィアス公爵、リトアード公爵の三人を集め、事の報告を行った。
「……近衛隊として、お守りできなかったこと……申し訳ありませんでした」
「「……」」
深々と頭を下げるルーク、そしてディン。空からやってくるとは想定外だったとはいえ、結果として側にいながらも防ぐことが出来なかったのは事実。それが、アルヴィス自身の意志だとしても。近衛隊の失態だ。隊長としてルークは責任を問われても仕方なかった。
「……ルーク、今回の標的は、アルヴィスだった。そういうことか?」
「それを知るのは殿下だけかと……ただ、部下の報告から推測するに、標的はリトアード公爵令嬢の可能性が高いと考えています」
「……」
チラリとリトアード公爵を見るルーク。それを受けて、リトアード公爵は沈黙する。現場にいたわけではないので、それが真実かはわからない。だが、ディンもルークも、標的はエリナだと確信に近い形で考えていた。今、アルヴィスを殺す理由がないからだ。
ジラルドは既に王家の人間ではない。これを再び王家に戻すには、反乱を起こす以外に手段はなく、それを実行して得をする貴族家もない。アルヴィスが王太子になるに当たっての反論もなかった。ということは貴族家が動くとするならば、エリナを差し置いて王太子妃を狙う手段を取るはず。既成事実を作ることなどをして、婚約者を変える様に仕向けることをやりかねない連中はいる。今回の警戒は、そちらを念頭に置いていたのだ。
そう考えると、矢を射るような致命傷になりかねない手段を取るならば、標的はエリナが妥当だろう。エリナが傷モノになり、王太子妃として立つことが出来なくなれば、必然と別の者が選ばれることになる。
「……エリナ嬢には、その事は?」
「お伝えしていません」
「して、下手人は?」
「……部下に探させたところ、既に事切れていました」
場所はバルコニーを外から射抜ける高台。その辺りを捜索したところ、城門の監視塔の衛兵が眠らされており、その監視台に下手人らしき男が倒れていたという。毒物を使用した形跡もあるので、自害したとも考えられる。
「辿ることは難しいか……」
「今、調査中です……許可を頂けるなら、殿下の意識が戻り次第お力を借りたく思います」
「アルヴィスの?」
これには国王だけでなく、ラクウェルも声をあげた。死者より情報を引き出すのは不可能に近い。名前すら出てこないのが普通だ。
「……殿下ならば、マナを読み取ることにより軌跡を辿ることが可能です。ただ、殿下にも負担をかけてしまいますので……。公爵閣下もご存知なかったのですか……?」
「あぁ……初耳だ」
「……その様なことが可能なのか?」
「はい。我々は何度かその姿を見ています。どの様にと申されると、殿下でなければ説明出来ませんが……」
近衛隊に所属する前から、当たり前のように行っていた行為のようで、アルヴィスは何でもないように使用していた力。どの様な使い方をするのかルークも説明を受けたことはあるが、同じようには出来なかった。そのため、力について説明をすることは、ルークには出来ない。
「まぁいい……まだ、目覚めぬ状態では許可はできん。意識が回復後に状況を見てからとする」
「はっ」
「……ルーク殿、エリナの様子は?」
ふと、ここまで一切口を挟んでこなかったリトアード公爵が口を開いた。己が狙われたかもしれないという事実を知らずとも、アルヴィスが射ぬかれた現場にいたのだ。エリナとて、衝撃だったはず。親としてリトアード公爵も心配なのだろう。
と言ってもルークは様子を知らない。後ろに控えているディンに視線を送ると、ディンが口を開いた。
「殿下をお部屋へ運ぶ際に、同行を申し出てこられましたので、共に同行していただきました。その後、寝室にお運びした殿下の元にそのまま滞在しております。その間、一言もお話をすることはありませんでした」
「……そうか」
「リトアード公爵閣下、如何様になさいますか? お連れ致しましょうか?」
婚約者同士ではあるが、婚姻前の間柄だ。臥せっているアルヴィスの側に居るだけだとしても、夜に同じ部屋にいることは令嬢からすれば好ましい行動ではない。その様なことは、エリナも良くわかっていることだろう。それでも構わないと考えて、そこに留まったと考えるべきだ。
リトアード公爵は、暫し沈黙した後で口を開く。
「……エリナは、娘はジラルドと婚約していた頃、義務のように日々を過ごしておりました。娘はジラルド殿を好いてはいなかった。成長するにつれて我が儘を言うこともなくなり、あの件においては己を戒めていたはずです」
リリアンとジラルドが仲睦まじくしているのを、黙って許していたエリナ。淑女としてのプライドもあるのだろうが、エリナはジラルドからの罵倒についてもただ耐えていた。それは、公的な場所において許可なく発言することは許されないからである。
それでも、エリナが傷付いていたのは事実。未来の夫として相手を立て、全てを受け入れようと耐えていたのに、最悪な形でエリナを裏切ったジラルド。それでも、エリナはジラルドを責めたことはない。教育をこなしているだけでは駄目だった。ジラルドとも言葉を、心を交わしていかなければならなかったのだ。結局自分が王妃たるに足りる人物ではなかったのだと、意気消沈するだけで、リリアンを恨んでもいないはずだ。
そんなエリナが最近は、笑顔を見せるまでに元気になった。アルヴィスに貰ったモノを大切にしている様子から、その一因にアルヴィスの存在があるのは間違いない。
「無知も無礼も承知で申し上げます。そんな娘が令嬢らしからぬことをするのは、それほどにアルヴィス殿下を想っているからだと……陛下、今回は父としてエリナの願いを叶えてやりたいと思います。暫しの間、殿下の元に滞在することをお許し願いたいのです」
「……ふむ、親心か」
「はい」
国王がラクウェルを見るが、ラクウェルは何も言わなかった。判断は国王に委ねるということだ。
「……このまま帰すよりは、安全が確認された後の方がいいだろう。それまでの滞在を許す」
「ありがとうございます、陛下」
「エリナ嬢の安全のためだ。アルヴィスが怪我を負ってまで守ったのだ。その後に何かあっては、アルヴィスも悲しむだろう」
国王はあくまでエリナ嬢の安全のためとした。貴族令嬢を城に滞在させてもおかしくない理由だ。これで、エリナは国王に許可を得て、堂々と滞在していられることになった。




