閑話 後宮の姉妹
キアラとリティーヌ姉妹のお話です。意外とこの二人だけというのはお初かもしれませんね。
「え、ほんとうなのお姉様?」
「ちゃんとアルヴィス兄様から教えて頂いたことだから、本当よ」
この決定をアルヴィスから教えてもらったのは本当に先ほど。調整等々はまだあるので、日程についてはもう少し待って欲しいと言われたけれど、キアラに教えてもいいという了承を得たため、リティーヌは直ぐに伝えたのだ。
ソファーに座るリティーヌの隣で、キアラは目を輝かせながらリティーヌを見上げて来る。この件がどれほどキアラにとって嬉しいものなのか。一目瞭然だった。
先日、アルヴィスの下へエリナと共に向かった件。それはベルフィアス公爵領の視察にキアラを同行させたいという話だった。王太子の国内視察の状況については、宰相も国王も情報を共有している。その中でベルフィアス公爵領を視察で訪れていないということも知られていた。
リティーヌの母であるキュリアンヌからの話だと、最初に訪れると国王は思っていたらしい。国王と王妃二人そろって首を傾げていたと。王妃はまだいい。だが国王が、仮にも弟家族のことについて何も把握していないというのは怒りを通り越して呆れてしまった。そもそも自分の息子の状況すら知らない相手に期待する方が間違っている。
ベルフィアス公爵領はアルヴィスにとって、故郷であると同時に忘れたい記憶がある土地。己の無力さと愚かさを思い出させる場所。学園へ入学すると同時に王都へ居を移したアルヴィスは、間違いなくベルフィアス公爵領へ戻ることなど考えていなかったはずだ。そう決意した場所だからこそ、二の足を踏んでしまうのだろう。
ベルフィアス公爵領はリティーヌにとっても縁深い土地。共に行けないのは残念だが、キアラにとっては良い経験になるのは間違いない。
「お姉様は公爵領に何度も行っていらっしゃったのでしょう?」
「そうね。でも、アルヴィス兄様が学園に入学する前まで……エドが学園を卒業してからは行っていないわ」
「そうなのですか?」
リティーヌはきょとんとした表情を見せるキアラの頭を撫でる。エドワルドが卒業した後、リティーヌはアルヴィスの顔を見れなかった時期がある。少し時間を置いてからアルヴィスに会いに行くと、少し悲し気ではあったものの笑みを見せながら弟妹と触れ合うアルヴィスがいて安心した。それを期に、リティーヌはベルフィアス公爵領へ行くのを止めたのだ。尤も、行かなくなったのは母から外に出ることを制限されたからという事情もあるのだけれど。
「大丈夫よ。ベルフィアス公爵家の人たちは、みんな優しい人たちばかりだから。侍女長もエドのお母様だし。何よりも、キアラはお兄様と髪色も似ているからきっとかわいがられるわよ」
「私はお姉さまの黒い髪も好きです」
「ありがとう、キアラ」
キアラの髪色は、ジラルドよりはアルヴィスに似ていると思う。少し明るい金色。髪色だけでなく、キアラは明るく素直だ。時に我儘なこともあるけれど、そんな可愛らしい妹がリティーヌは大好きだ。そんな妹が好きだと言ってくれる黒髪も、リティーヌにとっては自慢である。
「せっかく王都の外に出るのだから、キアラも少し公爵領について勉強をしておかないとね」
「はい! お姉様が教えてくださるのですか?」
「そうね。せっかくだし、エリナも誘って一緒にやりましょうか」
エリナと一緒に。その言葉にキアラは満面の笑みを浮かべて頷く。リティーヌが知っていること。実際にこの目で見てきた場所だ。話せることは多い。視察に出かけるというのだから、アルヴィスがキアラやエリナと一緒に行動する時間は多くはないはず。いや、そもそもアルヴィスは二人を連れてどこかへ出かけるということさえしてくれないのではないか。ならばリティーヌが知り得る情報は伝えておいた方がいいだろう。安全な領地なので、エリナとキアラ二人で行動しても問題はない。もし不安ならばアルヴィスが付き添えばいいのだ。そんな勝手なことを想いながら、リティーヌはふと大事なことを思いだした。母から頼まれていたことだ。
「キアラ」
「なんでしょうか?」
「公爵領へ出発する前に、護身用の短剣を用意してもらわないとね」
「でも、私持っていますよ?」
そう言ってキアラがドレスのスカート内から取り出したのは、使い古された短剣だ。王家の紋章も入っている。ただ、これは練習用として渡された過去の王族が使用していたものである。
「それはご先祖様がお使いになられていたものでしょう? キアラの為に作られたものを用意するのよ」
「私の為に……」
「えぇ。貴方の身元を保証するものにもなるものだし、ちゃんとしたものを作らないとね。ルーク隊長に相談しておくわ」
「はい! 宜しくお願いします」
既にキアラも護身術として近衛隊から教えを受けている。王族の人間として最低限身につけなければいけない技術だ。城の、王都の外に出るのであれば身を護る武器を持つ。万が一のためではない。それが王族として外に出るための必要装備なのだ。王家の紋章に名を刻まれた武器は、それだけで身元を保証するものにもなる。逆に言えば、それができない王族は城から外に出ることは許されない。
リティーヌも自分用に名が刻まれた短剣を持っている。そしてアルヴィスも、王太子となった時点で愛剣とは別に、王族となった自分用の短剣を用意しているはずだ。リティーヌは見たことがないけれど。
「楽しみです」
「そうね」




