5話
結論として、フォランから話を聞けばエリナの言葉通りの説明が返ってきた。むしろ推奨するとまで言われたほどだ。過去の王太子妃の中には、活動的だった女性もいたらしい。王都の外に出るようなことはなかったものの、頻繁に大聖堂や孤児院への行き来をしていたと。どれも過去の特師医たちが残した記録に記載されているもののようで、特師医となった人間は必ず目を通しているものらしい。
「……全く」
「妃殿下の同行をお断りする理由がなくなりましたね」
「あぁ」
夕刻、執務室でアルヴィスは机に腰を掛けながら腕を組み、深く息を吐いた。そんなアルヴィスの様子を見つつ、エドワルドは執務机に置いてある書物を棚に片付け始める。
アルヴィスもエリナが同行するのが嫌なわけではない。ただ、心配なものは心配だ。どれだけ専門家が許可したとしても。これはきっと理屈じゃない。
「アルヴィス様はどうされたいのですか?」
「どうって……あまり気は進まない。万が一のことが起こってしまった場合、その責めはエリナへと向かう。どれだけ俺が庇ったところでたかが知れている。俺が責められるのならばいいが……」
安定しているといっても物事に絶対はない。そのリスクをどうしても考えずにはいられない。己のことならば多少のリスクを負ったところで気にはしないが、エリナが負うとなれば躊躇わずにはいられなかった。フォランからは過保護になりすぎるのも良くないと指摘はされたが。
『王太子殿下が不安になされれば、妃殿下も不安になります。大丈夫です。妃殿下には王太子殿下のお力が傍にあるのですから。万が一にも、そのようなことは起きますまい。ご安心なされませ』
アルヴィスが不安を抱えたままでいれば、それはエリナにも伝わる。それにエリナからは間違いなくアルヴィスの力、マナを感じるのも事実。もし何かに襲われることがあっても、その力がエリナを守ってくれるはずだ。
フォランの言葉を思い出して、アルヴィスは首を横に振った。そして机から腰を上げる。
「考えていても仕方ないな。連れていくというのなら、それに合わせて調整すればいいだけのことか」
「はい」
そう言うと、片づけを終えたエドワルドがアルヴィスを見て力強く頷いていた。そうと決めればすぐに動くべく、アルヴィスは執務机に相対し、椅子へ座る。
街道は整備された道を通るが、念のため移動時間には余裕を持たせて設定するべきだ。エリナとキアラを同行させる。エリナの予定はそれほど詰め込まれていないため、アルヴィスに合わせてもらう形になる。キアラについては、キュリアンヌ妃と相談だ。その調整役はリティーヌに頼めばいい。具体的な予定が決まった後で、後宮に挨拶へと向かうべきか。
アルヴィスが後宮へ出向くのは好ましいことではない。特にキュリアンヌ妃と会うというのは。その際には、リティーヌとキアラにも同席してもらうのがいいだろう。
今後の予定についてエドワルドと共に相談しながら進めていく。ある程度の目途が付いたところで、アルヴィスは父でもあるベルフィアス公爵へ通達するために手紙を書いた。これはアルヴィスからラクウェルへの、ではなく王太子からベルフィアス公爵へのものだ。
「エド、これを」
「承知しました」
「それとレックス、明日の都合のいい時にルークへ顔を出すように伝えておいてくれ」
「わかりました」
アルヴィスの指示を受けて、エドワルドとレックスが次々に執務室から出ていく。残されたのはアルヴィスとディンの二人。常にアルヴィスの行く先についてきているディンとレックスは、今回も同行させる。エリナの専属であるフィラリータたちもだ。問題はキアラの護衛だった。
「ディン」
「はっ」
「後宮の近衛と顔合わせたことはあるか?」
「その程度であれば……」
後宮へ配属されているのも近衛隊所属だ。後宮という場所であるため、ほとんどが女性隊士。エリナが来るまで、女性近衛隊士はほぼすべてが後宮勤務だった。数人ほど王太子妃の護衛のため、王太子宮へと異動してもらったものの、今でも大半が後宮勤務となっている。
「侍女だけを連れて護衛をこちら側で揃えるよりは、キアラも面識のある近衛隊士が傍に居た方がいいか」
「そうですね」
キアラにとっては初めてのことだらけ。エリナやアルヴィスが傍にいるとしても、慣れ親しんだ人がいないというのは落ち着かないはずだ。
「その辺りの打ち合わせは、隊長へ丸投げでも宜しいかと思います」
「ディン?」
「人選もありますし、そもそも殿下自ら赴くともなれば、彼女らに余計な期待をさせて突き落とすようなことになっても困ります」
「期待? 突き落とすって何のことだ?」
「彼女たちには耐性がありません」
何の耐性なのだろう。怪訝そうに首を傾げてみると、ディンが眉を寄せながら深く息を吐いた。
「殿下と妃殿下の仲睦まじい姿を彼女たちは見たことがありませんから」
「それは関係がない気がするが……?」
エリナとアルヴィスが良好な関係なのは間違いないし、場合によっては見せつけるような真似もしてきた。後宮にいる近衛隊士がその姿を見ていないことも考えられる。特にキアラの傍にいるならば。
ただ、それとアルヴィスが動くことと何の関係があるのか。彼女たちにどんな影響があるのかが全くわからない。それを伝えると、再びディンが溜息を吐いてしまった。
**********
その日の夜、近衛隊詰所にて。
「で、アルヴィスに言ったんですか?」
「お伝えしたが、理解はしてもらえなかった」
ディンから話を聞いたレックスは、そりゃそうだと何度も首を縦に振る。
アルヴィスが近衛隊にいた頃、今となっては随分と昔のような気がするが、あの頃のアルヴィスは女性隊士たちから人気があった。恐らく騎士団時代でもそうだったはずだ。公爵家の人間で腕も立つともなれば、モテないわけがない。公爵家というだけでも十分なのだから。
それでもアルヴィスは女性に目を向けることは一切なかったし、友人関係となった女性だっていなかった。告白しようにも、呼び出してもその場には現れないし、女性と二人きりになることだって避ける。改めて思うと、随分と酷い奴だとレックスでさえ思う。
「あいつ、後宮の隊士にはかなり人気でしたからね」
「王女殿下がいらっしゃったこともあるからだろう。アルヴィス殿下は、お二人の殿下の前だけ本当に雰囲気が違っていらしたのだから」
「そうなんですよね。んで、今も後宮に詰めているから妃殿下との関係も人伝てにしか知らない、と」
王太子となってからも何度か後宮には行っているが、アルヴィスはエリナを連れて行ったことはなかったはずだ。ゆえに、後宮所属の彼女たちはアルヴィスとエリナの普段の様子を知らない。話を聞くのと実際に見るのは全然違う。
「俺たちはもう慣れましたけど、今のアルヴィスが妃殿下と接するところを見たら、衝撃受けるんじゃないですかね」
「……」
「まぁそれはそれで面白そうですけど」
「シーリング」
女性である以上夢を見ることもあるだろうし、恋焦がれる程度ならば構わない。問題は、その後ちゃんと職務を全うしてくれるかだ。という話をルークへしたところ、彼は鼻で笑っていた。
「その程度で腕が鈍るようじゃ近衛隊士は名乗れんだろうが。まぁいい薬になるならそういう連中を全部連れてってくれ。後宮も、そろそろ総入れ替えの時期だしな」
総入れ替えの時期。後宮の主が代われば、それに付随して後宮配属の隊士たちも代わる。それが意味するところがわからないレックスたちではなかった。
いつも誤字脱字報告ありがとうございます(*- -)(*_ _)ペコリ