4話
元旦に投稿できずに申し訳ありませんでした。
本年もどうぞよろしくお願いします。
それから数日後、アルヴィスは執務室でエリナとリティーヌと対峙していた。話があると言われてリティーヌを出迎えたのだが、そこにはエリナも同行していたのだ。つまりアルヴィスにとっては全くの予想外の出来事だった。
「リティが来るとは聞いていたが、エリナも一緒とは……一体どうしたんだ?」
エリナから話があるならば、王太子宮で聞くことが可能だ。朝夕食も一緒に摂っているし、顔は毎日合わせている。だが、エリナからアルヴィスへ相談事がある様な素振りはなかった。リティーヌ一人ならば度々あることだけれど、二人そろってアルヴィスの執務室に来るというのが珍しい。
エリナとリティーヌ、そしてテーブルを挟み向い合う形でアルヴィスが座っている。エドワルドはいつものようにアルヴィスの後ろだ。ディンとレックスは扉の外で待機しているので、この場にいるのは四人だけ。
「アルヴィス兄様、ちょっと前に母からの伝言という形で相談した件は覚えている?」
「あぁ。キアラの件だな。それについてはエリナにも話をしたが、何か希望でもあったのか?」
既にエリナにもキアラの件について話はしてあった。いずれ後宮を出るにしても残るにしても、そこにエリナの意志が関係してくるからだ。後宮に残るならば、アルヴィスの庇護下に入ることになる。それはつまり、母親であるキュリアンヌ妃の手を離れるということ。父である国王からも同様に。リティーヌの件もあるからこそ、キアラにはもっと広い世界をみせてやりたい。キュリアンヌ妃に頼まれずとも、アルヴィスはそう考えていた。ただ、具体的なことはまだ詰めていない状況だ。
「希望というか、エリナと色々と相談した結果なんだけれど……」
言葉を濁したリティーヌは隣にいるエリナへと顔を向ける。そしてエリナはそれに頷くと、リティーヌから引き継ぐように口を開いた。
「次の視察に、キアラ様を同行させてはどうかと思ったのです」
「キアラを?」
「他の土地ならばともかく、アルヴィス様が次の視察に向かわれるのはベルフィアス公爵領だと。リティーヌ様も何度も出向かれた地であり、アルヴィス様の故郷です。王弟ご一家の領地であれば、誰も反対などいたしません」
確かにベルフィアス公爵領ならば、幼い頃のリティーヌが何度も来ていた土地であるし、元よりその地を治めているのは王弟だ。身内であるならば、最初にキアラが向かう場所としては悪くない。
「候補として考えてはいたし、最初に向かう地としてはいいが……キアラはまだ近場の移動さえまともにしたことがない。どれほどベルフィアス公爵領が遠隔地でなくとも、馬車での移動はある。それも数時間ではない。まだ慣れていないキアラにはきついとは思う」
こう言っては何だが、キアラは深窓のお姫様だ。リティーヌとは違い、快活な方でもないし運動が得意でもない。リティーヌは放って置いても自力でベルフィアス公爵領へ来る程度には行動力もありお転婆だった。同じことをキアラに求めるのはよくない。
「私は最初に遠出したのがベルフィアス公爵領だったんだけど?」
「そもそもリティは一人でも来ていたんだから例外だ」
「私はお転婆だったって言いたいの?」
「事実そうだろう?」
肩を竦めながら答えれば、リティーヌは不満そうに両腕を組んで口を膨らませた。反論しないのだから自覚があるということだろう。
「話を戻すが、俺と同行するといっても移動中はキアラにどれだけ気を配れるかわからない。そういう状況で連れていくのは難しいだろう」
ここでリティーヌを連れていくという選択肢は存在しない。アルヴィスは既婚者であり、リティーヌは独身の王女。以前よりあった噂は払拭されたとはいえ、二人で行動することはない。尤も、以前から共にどこかへ出かけることなど王都ではしたことはなかったが。
キアラの同行者としてであれば大義名分がある。それでもリティーヌを連れていくことはない。それはリティーヌも同じ考えであるようで、共に行くとは言わなかった。代わりに同行を申し出たのは……。
「ならば、私がご一緒します」
「エリナが?」
「はい。私もベルフィアス公爵領への視察に同行させてください。そうすればキアラ様も少しは安心できるでしょう」
エリナが同行すれば、キアラを任せることは出来る。それはその通りだ。しかし、アルヴィスはこの提案に乗っかることは出来なかった。
「駄目だ。今のエリナにそんなことをさせるわけにはいかないだろう?」
「私ならば大丈夫です」
「君に何かあったらどうするんだ⁉ 馬車での移動になるんだ。万が一のことが起きないともしれないところに、エリナを連れていくことはできない」
体調に問題がないとしても、それとこれとは別問題。エリナは妊娠中だ。長距離移動などさせられない。エリナも当然理解しているものだと思っていた。
「まぁ反対するとは思ったけれどね」
「リティもわかっていたなら、何故止めないんだ……」
「私も女だし、エリナの気持ちも理解できるからかな。それにね、特師医様にも許可をもらったと言われたら私から反対する理由はないもの」
「は? 特師医……フォラン殿が許したのか?」
「はい。ベルフィアス公爵領までならば問題ないと。それに、動かないでいるのも良くないといわれました。今はまだ動くべき時であると」
エリナからの話だと、ずっと何もせずに閉じこもっているのは逆に良くないらしい。貴族女性は大事に扱われることが多いため、邸宅に留まっていることが多い。しかしそれでは駄目だと。
「だが……」
「ベルフィアス公爵領にはお義母様もいらっしゃいます。それに腕のいい医師もいると。何が起きても安心だと言われました。不安ならば薬師を同行させればいいとも。言伝てしてくださるとも言ってくれました」
「……エリナ、根回しが早すぎないか」
リティーヌを味方にしたところから既にエリナの根回しは終わっていたのだろう。フォランからの許可、薬師の手配。この分だと侍女たちにも話は通してありそうだ。チラリと後ろへ視線を向ければ、エドワルドは笑みを見せている。この表情が示すところなど考えるまでもない。
「なるほど、お前も知っていたか」
「事の発端が私だと言われましたので、ならば協力しないわけにはいきません」
「エド、本当にお前はエリナの頼みは断らないな」
「アルヴィス様は無茶をなさいますが、妃殿下は無理なことはなさいませんから。きちんとご自身で出来る事と出来ない事を見極めた上で行動なさいます」
エリナが頼む時、それは本当にエドワルドの力が必要な時だけ。そしてそれはエリナ自身にも無理がない場合だと。自分の状況を分かった上で、問題ないと判断したからこその行動だと。
「俺だって身の程はわきまえているが」
「そういう事ではありません。妃殿下は事前に教えてくださいますが、アルヴィス様は事後報告が多いんです」
「その割にお前は先回りしているだろう?」
「そうせざるを得ない状況だからです」
「まぁまぁ、アルヴィス兄様は何でも自分でやりたがるからそうなっちゃうのよ。出来てしまうから始末が悪いとも言うけれど」
「リティ、その一言は余計だ」
「王女殿下の言葉は的確だと思いますよ」
リティーヌとエドワルド二人から不本意な言い方をされて、アルヴィスは肩を落とす。すると、エリナがクスクスと笑う声が届いた。アルヴィスたちはエリナを見る。三人から目を向けられたエリナは、それでも笑っていた。
「すみません」
「笑いながら謝られてもな」
「なんだかお三方とも、ほんとに仲がよいのだと思いまして。リティーヌ様とアルヴィス様は幼馴染ですし当然かもしれませんが、ハスワーク卿もリティーヌ様と仲が宜しいのですね」
名指しされたエドワルドはというと、苦笑しつつも否定はしなかった。アルヴィスの幼馴染であったということは、傍にいたエドワルドにとってもリティーヌは身近にいた存在の一人だ。エドワルドはリティーヌのことを幼馴染とは言わないけれど。
「そうね、エドも私にとっては幼馴染でありもう一人の兄のような人よ。ただまぁエドはアルヴィス兄様第一の人だから、私はただそのついでのようなものだけど」
「いえ、そのようなことは思っておりません。王女殿下はアルヴィス様にとっても大切な方ですから」
「エリナ、聞いたでしょ? エドは兄様第一だから結局そこが中心なの」
「えぇ」
二人で肩を寄せ合って笑い合う。思わずエドワルドに恨みがましい視線を送るが、当人に至っては当たり前かというように平然としていた。
「はぁ」
「アルヴィス様?」
「いやなんでもない……とにかく、視察の件はちょっと考えてみる。エリナの同行についても……俺の方からフォラン殿に聞いてみてからだ」
現段階ではこれ以上の譲歩は出来ない。本心では反対したい。キアラの同行は何とかするとしても、そこにエリナを同行させることが出来るかというのは決断ができなかった。それでもここで強く反対しなかったのは、心のどこかでエリナと共に行きたいと、連れて行きたいと願う心があったからなのかもしれない。




