第五章 故郷と安穏 1話
新章となります。
マラーナから帰国して二週間後のある日、アルヴィスは一通の手紙を受け取っていた。それは実家からのものだ。つい先日、話題に出たばかりでもあったので気にはなっていたところでもある。
執務室に届いたということは、私的なものではなくある程度公的な用事があるのだろう。差出人は父だ。これが母だったならば、私的な用事だと後回しにしたが、父であるならばそう言うわけにもいかない。
「アルヴィス様、いかが成されましたか?」
「いや、父から手紙というのも珍しいと思っただけだ」
「……それは学園生時代の頃に無下にされたからではありませんか? アルヴィス様は旦那様の名が記載された手紙はいつも放置しておりましたから」
それを言われると二の句も告げなくなってしまう。あの頃、実家からの父の名が記された手紙というのは、顔を見せろというものが多かった。王都に来ているから会おうというものもあったが、それすら断っていた頃だ。実家に帰りたくなどなかったし、家族にあってもどういう顔をすればいいのかわからなかった。見ていなかったという言い訳をするために、差出人が父というだけで忌避していたのは事実だ。母からの手紙はアルヴィスを案じるものばかりで、たまに弟妹からの手紙も同封されていたから避けることが出来なかっただけ。両親に思うところはあれど、弟妹からの手紙を無下にすることは出来ない。
「あの頃のアルヴィス様は頑固でしたからね」
「そういうことも全て報告していたんだろう、お前は?」
「私が報告申し上げていたからこそ、旦那様方も何も言わずにアルヴィス様のお好きなようにさせてくださっていたのではありませんか?」
恐らくその通りなのだろう。エドワルドが緩衝材という役目を果たしてくれていたからこそ、両親は必要以上にアルヴィスを縛ることもなかった。
「エドには感謝しているよ、あの頃、ずっと傍にいてくれたことも含めてな。お前がいたから、俺は本当の意味で腐ることはなかった」
「そのようなことはありませんよ。アルヴィス様のお傍には、ランセル様やアルスター殿もいらっしゃいました。それ以外にも、アルヴィス様を気にかけてくださっていた方々は多くいらっしゃいます」
エドワルドに指摘されて、アルヴィスは苦笑することしかできなかった。当時は、それこそひねくれた考えを持っていたため、近づいてくる人間は公爵家次男としてのアルヴィスの後ろ盾を望んでいるようにしか見えなかった。容姿に恵まれていることも理解していたし、それこそ周囲から見て人並み以上に優秀であることもわかっていた。そう見えるようアルヴィスとて取り繕ってきたのだから当然だ。裏では決して優等生ではないことも沢山していたけれど、それに気づいていた人間はどれだけいたのだろう。否、もしかすると多くは見て見ぬ振りをしていてくれていたのかもしれない。
「そうかもしれないな。あの頃は素直に受け取ることはできなかったけれど、今は素直にそう思える」
「それだけ大人になられた、ということでしょう」
「……」
釈然としないものがあるが、反論はしなかった。エドワルドの言葉に異論を唱えられぬほど、当時のアルヴィスは子どもだった。それだけは確かなのだから。
「そういえばアルヴィス様、そろそろお時間ではありませんか?」
「あぁ。そうだな」
「如何に城下と言えども、危険がゼロということはありません。くれぐれも注意をしてください。特に、妃殿下もご一緒なのですから」
「わかっている」
そう、今日はエリナと外出する予定を取っていた。
マラーナから帰国してから、二人で出かける約束はしていたのだが、後処理や不在の間の執務などを片付けている間に時間は過ぎて行ってしまった。ただ、王太子夫妻が外出するとなるとそれなりの調整が必要ともなるので、必然とこの程度の時間はかかったのかもしれない。
今回の外出は、王城と学園のちょうど真ん中くらいにある場所だ。歓楽区として、劇場や闘技場がある区画である。今日は劇を二人で観に行くことになっていた。あまり大騒ぎにしたくないといっても、こればかりはどうしようもないもの。なるべく開演ギリギリで、人の出入りが少ない時間に向かう事となっている。その時間が迫ってきていたのだ。
あとのことはエドワルドに任せて、アルヴィスは支度のため一旦王太子宮へと戻ることにした。その際、中身を確認していなかった父からの手紙を懐に入れたままで。
いつも誤字脱字報告ありがとうございます。
最近多いみたいで、本当申し訳ないです……。




