10話
後宮の傍にあるアルヴィスの私室。奥にある寝室へとアルヴィスを休ませると、エリナとイースラをアルヴィスの傍に残して、レックスとディン、フォランらは隣の部屋にいた。
「それで、フォラン師医……説明をお願いできますか?」
「そうじゃな、まずはあの矢についてじゃが……見たところ毒が仕込んであったようじゃ。恐らく殿下自身も気が付いたのじゃろう。腕を縛り、マナでもって体への侵入を最小限にしておった。噂以上に器用なお方じゃの」
毒が回らないようにあの一瞬で操作したのならば、確かに器用と言える。それ以上に、フォランは咄嗟の判断力を評価していた。言葉で言うのは簡単だが、マナを操り毒への防波堤にしようなどと、即座に考え付くようなことではない。全ては、騎士団にいた頃の経験の賜物だろう。
「ということは師医が取り除いたあの瘴気は、毒物ということですか?」
「予想よりも多かったが、そういうことですな。ただ……それでも完全に防ぐことは出来なかったと考えた方がいいですじゃろう。こればかりは、殿下自身に耐えてもらう他ありませぬ」
フォランの言葉に、沈黙が落ちる。
怪我の方も出血が多い。毒の影響もあり、しばらくは動かすことも控えた方がよいということだった。今夜は高熱が出ることが予想され、ここ2、3日が正念場になると。
「直ぐに駆けつけられるように、こちらも準備しておきますゆえ、侍女殿たちも容態の急変には注意しておいてくだされ。……この状況で、王太子殿下を失うことだけはあってはなりませぬ」
「「はいっ」」
ディンはフォランを見送るついでに、国王らへの報告をすると部屋を出て行った。近衛隊であるレックスも部屋にいては、何ができるわけでもない。部屋の外に控えるといって、レックスも出て行く。
残されたティレアは、寝室の扉をゆっくりと開けた。
「……イースラさん、アルヴィス様の状態はどうですか?」
「熱が出てきたようで、少し苦し気にしています。タオルは替えていますが……」
「そう、ですか……先生によりますと、2、3日が正念場だということです。交代で様子を見ましょう」
「……はい」
「うっ……」
アルヴィスが苦し気に首を振り、額に乗せられたタオルが落ちる。それを何も言わずにエリナが戻した。気づかわしげに傍に佇んでいるエリナをイースラとティレアはじっと見つめる。
アルヴィスの婚約者とはいえ、こうして会うのは初めてなのだ。将来的には仕えるお方となるのだが、アルヴィスがこのような状況では、どんな言葉をかけてよいのかわからない。
「……その、エリナ様」
「……ごめんなさい。皆様の邪魔をしてしまって……」
「エリナ様……そのようなことは。……改めましてご挨拶申し上げます、アルヴィス様の侍女をしておりますティレアでございます。こちらはイースラ」
「……エリナ・フォン・リトアードです」
エリナは顔を上げて、ティレアらに挨拶をした。だが、その瞳には涙が今にも零れ落ちそうにあふれている。どうすればよいのかとティレアも困っていると、イースラが目配せをする。この場は任せてほしいと。
「……私は隣に控えています。何かあれば呼んでください」
「はい」
「では失礼いたします」
ティレアが出て行くと、イースラはエリナの傍へと近づいた。そうして、エリナの隣に付き手を掴むと、そのままアルヴィスの手のところへと持っていく。
「あ……」
「アル様は、ちゃんと戻ってこられます。公子として、それなりに毒への耐性もつけてこられました。だから大丈夫です」
「……イースラさん」
「こうして手を握っていてください。……それだけで、人は安心するものです」
「はい……ありがとうございます」
イースラは椅子を用意してエリナを座らせた。椅子に座れば、ベッドに横たわるアルヴィスの顔も良く見える高さになる。ベッドに寄りかかりながら、アルヴィスの手を握りしめてエリナはじっとその横顔を見ていた。




