23話
一区切りはついたので、これでひとまずマラーナ編は終わりです。
次章は、二人のデートから始めようと思います!
あの後、アルヴィスはそのまま眠ってしまったらしい。気が付いたら、寝室のベッドの上だった。恐らくはディン辺りが運んでくれたのだろう。全く気が付かなかった。
身体を起こしてアルヴィスは窓を見た。空が茜色に染まりつつある。結構な時間眠っていたらしい。ベッドから降りたアルヴィスは、服装を正してから自室へと向かった。扉を開けると、そこにはエドワルドとディンの姿がある。エリナはいないようだ。
「お目覚めになられたのですね、アルヴィス様」
「あぁ、悪い。随分と寝過ごしてしまった。ディンが運んでくれたのか?」
「はい」
「疲れているところ悪かった」
ディンとて共に帰ってきた。疲れているのは彼も同じだ。
「問題ありません」
「そうか」
「隊長より、現状の隊士、および騎士団員たちの処遇についてどうなさるつもりなのか、話を伺ってくるようにと。お疲れであれば、また明日にでも出直してきますが……」
今回は近衛隊士と騎士団員を連れて行った。数はそう多くなかったにせよ、彼らは力を発揮するべきときに任務を全うできなかった。多くはそう思っているらしい。状況が状況ゆえに、情状酌量の余地はある。ただ、騎士として納得できるかどうかは別の話だ。何しろ、彼らは何も出来なかったのだから。否、あの場合は動くに動けなかった。アルヴィスからしてみれば、彼らが動かなかったからこそ自由に動けた部分もある。結果として見れば、アレが正解だったと。
「今回は、結果だけを見れば特に処すべきところはない。近衛隊士を始めとして、最善を尽くした」
「……」
「逆にあれ以上どう動けばいいというんだ。下手にかき回され暴れられても困る。一応、他国であり表立って敵対していたわけじゃない」
堂々と刃を構えることも出来ない状況で、動くことは出来なかった。それが正しい。納得できずとも。
「褒章を渡すことは出来ないけどな」
「当たり前です。ただ……殿下の仰ることもわかります。それでも、騎士として役立てなかったことは、彼らにとって嬉しくはないでしょう」
「そうだろうな。だが、結果が全てだ。それでも納得したくないなら、団長にでもしごいてもらえばいい。それか、ガックル火山でもいって山籠もりでもさせるかだな」
「……殿下がいうと冗談になりません」
アルヴィスの発言は、命令に近いもの。そんなことはわかっている。それでも己を際限なく追い込みたいというならば、あの場所が最適だと考えたのは本心だった。
ルベリア王国は比較的温暖な気候で、季節が変わっても大きな天候変動はない。雪が降るのは稀で、本当に一部地方だけだ。そんなルベリア王国にある難所の一つ、ガックル火山は山道も険しく、野営地を作るだけでも大変な場所。瘴気の発生地の一つでもあるため、定期的に瘴気の浄化に訪れなければならないが、出来れば避けたいところだ。だが各地に遠征として魔物討伐に出ている騎士団員ならば、もしかしたらそれほど苦ではないのかもしれないが。
「そういえば、今年の浄化担当はうちか……」
「ベルフィアス公爵家ですか?」
「あぁ」
本来ならば瘴気の浄化はその地を治める領主が行う。しかしガックル火山は、複数の領地に跨っているため交代で浄化を行うことになっていた。その一つがアルヴィスの生家であるベルフィアス公爵家だ。
「エドは何か聞いているか?」
「いえ、特には。ただ、そろそろ弟たちを同行させたいという風に父は言ってたと姉から聞いてはいます」
「イースラはこまめに連絡を取っているんだな」
「まぁ……母との連絡のついででしょう」
他人事のように言っているが、エドワルドが家族と連絡を取っていないことはアルヴィスも知っていた。元々、エドワルドはアルヴィスの傍に居ることが多く、家族と過ごす時間はほとんどなかった。精々が姉であるイースラだ。弟たちとエドワルドがどのように接しているのか、実を言うとアルヴィスも知らない。
「何か?」
「何でもない」
とはいってもエドワルドならば、アルヴィスが何を考えていたかなどお見通しだろう。本人が気にしていない以上、アルヴィスから何かを言う事はない。
「話が逸れたか。ディン、とりあえず俺から何かをすることはない。ルークにそう伝えておいてくれ」
「承知しました」
用件はそれだけだったようで、ディンはそのまま近衛隊詰所へと戻っていった。
「アルヴィス様、じきに夕食の時間なのですが、いかがしますか?」
「軽くでいい。その後は、もう休むよ。流石に疲れた」
「お疲れ様でした。では、そのように伝えて参ります」
エリナにマラーナのことを説明したかったけれど、今日はもう止めた方がいいだろう。明日にでも改めて話をすればいい。ここはルベリア王国で、時間は沢山あるのだから。
軽めの夕食を摂った後で、アルヴィスはサロンで休んでいた。湯あみは既に終えてあるし、このまま眠ろうとは思っている。だが、エリナが編み物をしている姿を見ていると、止まらなくなってしまったのだ。
「なんというか、上手になったな本当に」
「沢山練習しましたから。ナリスさんにも褒められたんですよ」
熟練の侍女であり、幼い頃にはナリスから手縫いのものをもらっていたアルヴィスからすれば、彼女は別格の腕を持っているように思えていた。そのナリスから褒めてもらったということは、エリナはかなり上達しているということだ。
「継続は力なり、か。本当だな」
「アルヴィス様?」
「何でもないよ」
エリナが幼い頃から頑張って来れたのは、きっとエリナには努力するという才能があったからだ。続けることというのは、簡単なようで難しい。淑女として周囲に認められるまで、エリナはどれだけの努力を重ねてきたのか。そうした積み重ねを繰り返したからこそ、今のエリナがいる。
今回の事で、エリナにはかなりの心労を負わせてしまった。さきほど特師医フォランから聞いたところによると、一度倒れたらしい。ただその原因はアルヴィスにあるとフォランは言っていた。お腹の子どもがアルヴィスの何かを感じ取ったのだと。そう簡単に信じることは出来ないけれど、身に覚えはある。恐らくあの時だと。アルヴィスが最も危険だった時、エリナを感じたのはそういうことだったのだと。
「……生まれてもいないのに、助けられているな……」
随分と不思議な気分だった。いつでも生まれる前の子どもというのは、不思議な力を持つ存在なのだとフォランは言っていた。奇跡と呼べるような出来事さえ起こしてしまう。未知の存在。今のアルヴィスにとってはそうとしか言いようがなかった。
「ご気分でも悪いのですか? それとも」
「大丈夫だ。ちょっと考え事をしていただけだから」
「ならいいのですが」
いいと言いながらも、少し納得がいかないような表情でエリナはこちらの様子を窺っている。嘘ではないのだけれど、それもこれまでの言動の所為だ。それでも追及するでもなく誤魔化されてくれるエリナには感謝している。
「……エリナ」
「はい」
「体調が良い日に、少し出かけようか? 特師医の許可が出れば、だが」
「いいのですか?」
「あぁ」
日頃の感謝という程の事でもないけれど、今回は建国祭でも代理を立派に果たしたという。その労いをしたい。そう言えば、エリナは嬉しそうに微笑んだ。
「楽しみにしてます」