21話
帰還したアルヴィスはエリナを王太子宮へと送り届けると、その足で国王の下へ向かった。向かう先は謁見室だ。中に入り、アルヴィスは王座の前にある階下にて膝を突く。
「陛下、ただいま戻りました」
「……よく、無事で戻ったアルヴィス」
「アルヴィスっ」
「えっ」
もう一つ別の声が聞こえてアルヴィスは思わず顔を上げる。すると、そこには今は滅多に見ることのない姿があった。王妃だ。謁見室に王妃がいるなど、あのジラルドの一件以来なかったこと。その王妃が、国王の傍から離れてアルヴィスの下へと駆け寄ってくる。そしてそのままアルヴィスを抱き締めた。
「伯母上?」
「無事で……本当に無事で良かった。陛下から話を聞いた時は、生きた心地がしませんでした。本当に……本当に」
膝を突いている状態なので、アルヴィスの頭は王妃の肩口にある。王妃の手はアルヴィスの頭をしっかりと抱えていた。
「ご心配をおかけして、申し訳ありません」
どこまで王妃が知っているのか。国王には話せる範囲で連絡をしているけれど、事が事ゆえに詳細は帰還後という話にしている。困惑しながら国王へと視線を向けると、やんわりと首を横に振られた。つまりされるがままになっていろということなのだろう。
暫くそうしていると王妃はやっとアルヴィスの頭を解放してくれる。だが、そのまま両手を頬へと添えた。優しく頬を撫でられれば、くすぐったい気分になる。
「あの、伯母上」
「お帰りなさいアルヴィス。ちゃんと戻ってきてくれて、こうして姿を見せてくれてありがとう。私はそれだけで本当に嬉しいの」
王妃はその目に涙を溜めていた。かなりの心配をさせてしまっていたらしい。訪問先が他国だからということもあるが、アルヴィスは暗殺されかけたのだ。恐らくそれを王妃は聞いてしまったのだろう。だからこそ、アルヴィスを待っていてくれたのはエリナたちだけではない。国王も、何も言わずに見守っている宰相も、この国の事情を知る人たちには多大な不安を与えてしまった。それと同時に、ここまで己を想ってくれる人たちに感謝しなければならない。
アルヴィスは精一杯の微笑みを王妃へ向けた。
「ありがとうございます。ただいま戻りました、伯母上」
「えぇ、おかえりなさい」
王妃と王太子としてではなく、甥と伯母として。改めてアルヴィスは帰還を告げた。
その後、暫くアルヴィスの体調を確認していた王妃だが、後宮へもアルヴィスの帰還の報告をするためにと一度下がってしまった。その間に、アルヴィスは国王へ詳細の報告をする。セリアン宰相の最期のことも含めて。
「そうか」
「恐らく、最初からそのつもりだったような気もします」
どちらに転んでも構わないという風にも言っていた。けれど、あれはどうなるか既にわかっていたようにも見える。マラーナ王国が終わる未来を予期していた。それに利用された気がしてならない。
「いずれにしても、この先は聖国とも調整をする必要がある。既に帝国からは書簡が届いている」
「そうですか」
帝国もグレイズが巻き込まれている。動くのは当然のこと。他の国々に至ってはルベリアと帝国に従うだろう。特に国賓として招かれた他の国々は。
スーベニア聖国を巻き込むのは、かの国が宗教国家であり中立であるから。残念ながらルベリア王国はアルヴィスが当事者である以上、どうしても意見が厳しくなってしまう。ザーナ帝国も同じだ。第三者として客観的に判断できるのが、この場合スーベニア聖国となってしまう。あまりあの女王と関わりたくはないものの、今回は致し方ない。
「マラーナ王国を属国にするつもりはない。帝国も同じであろう」
「あの国を取り込む必要性が、現時点ではありませんから。瘴気の問題もあります」
「うむ」
心情としては瘴気をどうにかしてやりたい。だが、そこまで手を広げるだけの時間も人の手もない。それが実情だ。今出来る事は、マラーナ王国から避難してくる人々を受け入れることくらいになる。今までマラーナ王国から他国に移動するには制限が厳しかったらしいが、それは即時撤廃するとガリバースが言っていた。王族に対する信用がほぼない状態で、どれだけの人間が彼の言葉に従うかはわからない。ひとまずマラーナ王国とルベリア王国の国境には早めに状況を伝えるべきだろう。
「こんなところだな、宰相書簡を直ぐに用意してくれ」
「はっ」
「それとアルヴィスはもう休め。戻ってきたばかりだ」
「わかりました」
残りの詳細は後日。アルヴィスも他国に対して手を回したいこともある。彼らの罪の軽減をアルヴィスの口から伝えなければならない。そうでなければ彼らはそのままに罪を受け入れるだろうから。その辺りはアルヴィスに任せられた。
「アルヴィス」
「はい?」
「建国祭は無事に終わった。エリナはよく務めてくれていた。疲れているとは思うが――」
「わかっています」
王太子妃として臨む初めての建国祭で、不在にしてしまった。王太子代理としての責務を負わせてしまった。だが、エリナのことだからきっちりと済ませただろう。そういう意味で心配はしていなかった。アルヴィスが心配していたのは、無理をし過ぎることだったのだから。
移動の疲れはあっても、怪我をしたわけではない。それほど疲れてもいなかった。この後、今日の予定はない。エリナを労わることに使うことに、アルヴィスは異論などなかった。
「では、失礼します陛下」
「うむ、本当にご苦労だった」
そうして謁見室を後にすると、アルヴィスはそのまま王太子宮へと向かうのだった。




