閑話 待っていた瞬間(とき)
帰ってきました!
再会です!短いですけど……
王太子宮にその報告が届いたのは、建国祭の後始末をしている最中だった。エリナも己の執務室で作業をしていた頃。ルベリア王国へ入ったという報は聞いており、到着予定日も確認していた。指折り数えて待っていたと言ってもいい。
「妃殿下、王太子殿下が今王都へ入ったとの連絡がっ」
「アルヴィス様が⁉」
その知らせを聞いたエリナは、書いている途中の手を止めてペンを置く。サラが急ぎ羽織るものを用意してエリナへと掛けてくれた。
「ありがとう、サラ」
「いいえ。早く参りましょう」
「えぇ」
そのまま執務室、王太子宮を出る。王都に入ったという知らせがここへ届いたということは、既に王城の近くに来ているはずだ。気が急いてしまい、走ることは禁止されているというのに足が駆け足気味になってしまうが、今この時それを咎める人はいなかった。
少しだけ息切れを起こしながらも、エリナは王城の玄関口までやってくる。既に近衛隊士たちが何人も構えていて、その中にはルークやハーヴィの姿もあった。加えて特師医であるフォランの姿もある。その隣には滅多にここへは姿を見せないリティーヌもいた。それだけの人たちが不安を胸にその姿を見ようと待ち構えているのだ。
馬の蹄の音がいつもより大きく感じたのは、きっと気のせいではない。じっと静かにその音に聞き入る。徐々に近づいてくるそれに、エリナは胸の音が高鳴っていくのがわかった。馬車の姿が見える。近づいてくるのがわかる。帰ってきたのだと、それだけで胸がいっぱいになりそうだった。
そうして馬車が停止する。同行していた近衛隊士が扉を開けば、黒衣の正装ではなく明るい正装に身を包んだアルヴィスがゆっくりと下りてきた。
「王太子殿下、ご帰還!」
ルークの声が大きく響く。静けさの中にあって、近衛隊が一斉に礼を取った。その所作の音がどこか緊張感をもっている。誰もがその第一声を待っていた。
「……出迎えありがとう、皆」
「っ」
凛とした声が届く。いつものように柔らかい笑みを浮かべながらアルヴィスは右手を上げた。それが合図のようで礼を崩した近衛隊士たちがその周りを囲む。ここへ到着した時とは違う穏やかな空気。エリナは涙が出そうになるのを必死に堪えていた。
「エリナ」
「……っ」
近衛隊士たちが道を譲り、アルヴィスが真っ直ぐにエリナの元へと歩いてくる。その名を呼ぶ声も随分と長いこと聞いていなかった気がする。エリナは地を蹴ってアルヴィスの胸の中へと飛び込んだ。
「アルヴィス様っ」
「……待たせてすまなかった」
「いえ……いいえ、私はこうして無事に戻ってきていただけただけでっ」
背中に回される腕。この温もりもエリナが大好きなもの。本物のアルヴィスだ。それを何よりも実感できる。涙が零れアルヴィスの衣装を濡らしてしまう。けれど、涙を堪えることがエリナには出来なかった。大丈夫だと信じていたけれども、予定より大幅に遅れたことは事実。不安がなかったとは言えない。この目で姿を見るまでは、心配で堪らなかった。
エリナは顔を上げてアルヴィスを見上げる。出発前と比べて少しだけ痩せたようにも見えたが、ちゃんとエリナの知るアルヴィスだ。頬に両手を添えながらその顏を見つめる。怪我はしていないだろうかとまじまじと見つめれば、うっすらと傷のようなものが見えた。やはり危険な目に遭ってきたのだろうか。否、それよりも何よりも今は帰ってきてくれたことが嬉しい。エリナは涙を拭うと、精一杯の笑顔をアルヴィスへと向ける。
「お帰りなさいませ、アルヴィス様」
「……あぁ、ただいまエリナ」
アルヴィスは目を瞑ってエリナの額に己のそれを合わせた。ようやく帰ってきた。それはアルヴィスも同じだったのだろう。




