18話
宰相退場回となります。
上手く説明できているか不安ですが……
やっとマラーナ編も終わりが見えてきました。
ここは大聖堂内、国葬が行われた場所だ。
混乱していたあの場にいた人々を放置したまま、セリアン宰相はここへやってきた。アルヴィスとグレイズ、ブラウとリヒト、そしてテルミナは拘束された皆を解放し、彼らをディンたちに任せると、その後を追いここへたどり着いたところだ。国葬では司祭が祝詞を捧げていた場所。そこにセリアン宰相は立っていた。
「セリアン宰相」
「……」
アルヴィスはその背に剣先を向ける。既にアルヴィスたちが追ってきたのはわかっているはず。だが、今回の事態……説明責任を果たせば許されるというわけではない。
「私は、この国を変えたかった。いえ、変えられると思っていました」
全てが終わったかのように話し始めるセリアン宰相。その言葉はどこか諦めているように力なく感じられた。
「平民たちも奴隷に落とされた者たちも、同じように過ごせる世界。その為には、多少の犠牲はつきものだと」
奴隷制度を廃した後も、一定数の貴族たちが引き続き行っていることには見て見ぬ振りをした。売買をする会場の摘発などもしなかった。ただし、奴隷の待遇を改善したり賃金を渡すなどとした者たちには、別途俸禄を与えたりもした。平民からの不満も高まったが、奴隷たちの状況は多少なりとも変わったはずだと。
だが、それが一時しのぎに過ぎないという事はわかっていた。
「宰相殿、貴方がマラーナ国王陛下をその手に掛けたのですか?」
「グレイズ殿」
「……その通りです、皇太子殿下」
グレイズの問いに対する答えは是。やはり国王を死に至らしめたのは、セリアン宰相。宰相が主である王を手に掛けた。アルヴィスは剣を持つ指先に力を込めながら、宰相を問い詰める。
「何故、それをしなければならなかった? 国王を殺める必要があったのか⁉」
「……ルベリア王太子殿下にはおわかりいただけないでしょう。この国の王族がどれだけ愚かであるかなど……あの娘にも、王女にも靡かなかった貴方ならばなおのこと」
「国王が変わることなどないと、話し合う余地さえなかったというのか?」
普通に考えれば臣下が主を手に掛けることは重罪だ。お互いに信頼関係を築かなければならない立ち位置。国王は宰相の、宰相は国王の信を裏切らないように努める。近しい場所にいるからこそ、意見を戦わせ合う。ならばセリアン宰相がすべきことは、国王を暗殺することではなく、意見を言い合い国王が間違っているのならば正すのが役割のはずだ。
そう話すアルヴィスをセリアン宰相は嘲笑った。
「それはルベリア王国での常識なのです……それにこれを利用して今の地位にいる私の言葉など、端から陛下は聞く耳など持っていなかった。ならば意のままに操るしかない。私が宰相となってから、ずっと陛下は私の傀儡のようなもの。死にゆくことも全て私の思うがままでした」
振り返ったセリアン宰相が手にしていたのは、小さな小瓶。その中には小さな丸い塊が沢山入っていた。間違いない。それは、カリアンヌ王女が使ったもの、そしてリリアンが持たされていたものの原型だ。あれを野放しにしておくわけにはいかない。瞬時に判断したアルヴィスは、小瓶を一閃する。そうしてこぼれ落ちる中身を濃密なマナで取り囲むと、その中だけを爆発させた。
「なっ……」
「アル、ヴィス殿……」
「おいおい、ったく」
セリアン宰相やグレイズが驚く中、アルヴィスを知るリヒトだけは肩を竦めて呆れかえっていた。この程度、アルヴィスにとっては大したことじゃない。特に最近は戦闘にも参加していなかった所為もあるのだろう。先の大立ち回りから、多少高揚していることは否めなかった。だが、それもここでは些細なこと。アルヴィスにとっては。
「革命を起こす。改革を起こすのも、いずれも国を良くしようとする為政者としての姿勢ならば理解もしよう。だが何を得ようとてその手段が誤りであれば、我々はそれを認めることはできない。私を殺めようとしたことについても」
「ですが目の前にその手段があると言われて、それに食いつかない人間がいるでしょうか。私にとっては、それが貴方だった。貴方の犠牲で、国が救われるならば安いものだと……そう思っていたのも事実です」
「おい、お前っ⁉」
怒りの声を上げて駆け寄ろうとしたリヒトを、アルヴィスは視線で止める。意図が伝わったのか、渋々リヒトは下がっていった。
「私を殺してこの国が救われると、本当に思っていたのか?」
「……」
この問いに、セリアン宰相は力なく笑う。恐らく、そのことを宰相に入れ知恵したのは、セリアン宰相の中に入っていたあの少年だろう。ルシオラを目の敵にしているようにも見えた。いい駒だと言い利用していた風だったが、そのようなことセリアン宰相は全く気付いていなかったようには思えない。宰相の真意は別のところにある。そんな気がしてならなかった。
「それでもよかったのです。奴の言葉が真実であろうともなかろうとも、それでこの国が終わっても、人々は救われるのですから。その為ならばどのようなことであろうと、たとえ悪と罵られようとやり遂げなければならなかった。私も、奴を利用したのですよ」
「……それが貴方が本当にやりたかったことか」
「えぇ。そしてこれもまた、私がやらなければならないことです」
するとセリアン宰相は、近くにあった椅子を持ち上げてそれを天井へと向けて投げ飛ばした。
「なっ⁉」
反射的に天井からの衝撃に備えようと身体をかがめ、左腕を盾にする。ガシャンという音が届いたのと同時に、「うっ」といううめき声が聞こえた。
「え……あれは」
「既に何時間もあのままでは、意識もないようです」
「ガリバース殿……」
名前が記されているというのに姿がないと思っていた。だが、こういう形で拘束されているとは思わない。天井にあるシャンデリアから縄で腰と手を縛られる形でつるされている。顔色は青白く、血の気が感じられなかった。
「宰相……貴方は」
「この国の王族はこれが最後。ならば、これだけは果たさねばなりません。その後であれば、私を如何様にも始末なさってください。それが私の、この国の宰相としての責任です」
懐に手を入れた宰相は、その手に投げナイフを持っていた。そのナイフで縄を切り、ガリバースを落とすつもりなのだろう。この高さで叩き落されれば即死だ。アルヴィスには一瞬の迷いが生じる。このままセリアン宰相の手を止めるか。だが、もしセリアン宰相の手が早かった場合、ガリバースは落とされてしまう。両方を同時に止めるのは無理。ならばどうするか。
「アルヴィス殿っ」
グレイズの叫ぶ声にハッとする。背後には、力強いマナの力。これはテルミナだ。目を閉じてからアルヴィスはその場を駆けて、セリアン宰相との間合いを一気に狭める。その間に、セリアン宰相がナイフを投げた。それを躱したアルヴィスはセリアン宰相の腕を掴み、顔の横に剣を突き立てた。動かないことを確認し、後ろを振り返って天井を見上げる。
「テルミナ嬢っ」
「おっまかせくださーい!」
予想通り縄が切られ、ガリバースが落下していく。成人を越えた男性。対してテルミナは女性だ。見た目もか弱く映る。だが、彼女はアルヴィスと同様特殊でもあった。
「はぁぁぁ! やぁっ」
マナを溜めこみ、その場で跳躍する。気を失っているガリバースへと槍を横にする形で受け止める。俯いた状態で落ちてきたガリバースはそれに上からかぶさる形となった。一瞬、ガリバースのうめき声が聞こえた気がする。
「あ……」
「えいっと」
そのようなことは気せずにテルミナは着地をすると、ガリバースを床に転がした。近くで見ていたグレイズが頭を抱えている。
「グレイズ様?」
「いえ、よくやりましたね。まぁ生きているだけで十分でしょう……」
とにかく生きてはいるようだ。無事ではないだろうが。アルヴィスは視線をセリアン宰相へと戻した。ガリバースの殺害が失敗したというのに、彼は特に悔しそうにはしていない。
「貴方は……」
「神の加護を持つ者……眉唾物でしたが、この目で見るまで真実とは思えなかった。そうならば、このマラーナに加護がないのも、やはりルシオラの所為ではないかと思えてしまう」
「それは違うと断言できる。マラーナに現在瘴気が強く発生しているのは……ここが創世記においても瘴気の発生源だったからだ」
これを告げるべきが否か、アルヴィスは迷いを見せた。しかし、偽りを告げたところでセリアン宰相は納得しないだろう。アルヴィスの言葉に、セリアン宰相は驚き、次に納得したように笑みを漏らす。
「そう、ですか……貴方もそれを」
何故知っているのか。アルヴィスは視たからだ。場所については推測も入っているが、まず間違いない。すると突然セリアン宰相を掴んでいた腕が思い切り振り払われ、アルヴィスはバランスを崩してしまう。再び懐に手を忍ばせるセリアン宰相。そこに光が反射した。ナイフだ。
「っ」
反射的に向けられたナイフの刃を握り、突き立てていた剣を抜くとそのままセリアン宰相の胸元を斬りつける。血しぶきが舞った。アルヴィスはそのまま一旦跳躍して距離を取る。
「……躱されましたか。私も腕が落ちたものだ……このような若者に後れを取るなどと」
「……」
握ったナイフを離せば、カランと音がする。深く斬りつけてしまった。手加減をする暇もなかった。治療をしなければ、間違いなくセリアン宰相はこのまま絶える。
「責任を取る、そう言ったはずです。陛下を、王女を……そして来賓たちを巻き込み他国の王太子を殺めようとした。この事実は、国を亡ぼすのに十分過ぎる理由です」
「セリアン宰相……やはり貴方はわざと」
セリアン宰相ともあれば、この結果がどうなるかなどわかっていたはずだ。アルヴィスの暗殺が成功しようとも失敗しようとも、マラーナ王国は亡ぶことも。国賓たちを巻き込み、公開処刑にまで踏み込んだ。全てセリアン宰相が仕組んだことだというのは明白。追及の手は、セリアン宰相に向けられる。ここで殺されかけたガリバースは加担していないとでもいうように。
ルベリア王国もザーナ帝国も、セリアン宰相に疑念を抱いていたように。信頼できないと思っていたように。けれど、他にも方法はあったはずだ。そもそもアルヴィスを巻き込む必要などなかった。他国を巻き込む意味などない。ならば何故わざわざこのような真似を。
「……奴は、ルシオラという存在を疎んでいます」
「セリアン宰相」
「どうしても、貴方を……呼び寄せたかった……だが、私ではない」
それは警告だ。アルヴィスをマラーナという国を使ってまで呼び寄せたかったのは、セリアン宰相ではなく、彼だと。アルヴィスはドクンと胸が痛むのを感じる。いつもの痛みとは少し違うそれ。まるでセリアン宰相の言葉を肯定するかのようだった。
「許されるなら……民のこと、お願い申し上げたい……」
「約束はできない。だが、民に罪がないのはわかっている」
「……そこの、馬鹿王子はお好きに……」
ガリバースのことだろう。彼にも色々と聞かねばならない。セリアン宰相はもう限界のようだ。アルヴィスは剣を鞘に納め、警戒を解く。
「謝罪は、しません……私は、思うがままにやった……」
本当に殺したかったのだということだろうか。アルヴィスを。面と向かってそう言われても、アルヴィスは何も感じない。アルヴィスは生きている。ここに。
やがてセリアン宰相は目を閉じた。その身体が冷たくなるのを、アルヴィスはただずっと眺めていた。




