17話
本日二話投稿しています。先に16話を読んでから、こちらをお読みください。
こちらの事情で申し訳ありませんが、後ほど手直しするかもしれません。。。
アルヴィスたちが目的地へと到着した時、広場には人が集まっていた。恐らくは、公表した内容からその処刑を見に来た人たちなのであろう。何とも趣味が悪い連中だ。思わず舌打ちをしてしまったのは仕方ない。
「ディン、レックス」
大切な仲間があそこにいる。どうやら手は縛られているが、口と足は自由らしい。普通、こういった場合は身動きが完全にできないようにするはずだ。しかし、ブラウ曰く「逃げ惑う姿を見たいという最低な人間も多い」ということらしい。そのような見世物にさせるつもりはない。
「アルヴィス殿」
「グレイズ殿はここで待機を。リヒトも」
「あぁ。けどお前大丈夫か?」
先ほど倒れかけたことを言っているのだろう。疲労感はあるがそれだけだ。尤も、それ以上に高揚感もある。この手で助け出す。それについては譲ることは出来ない。
「テルミナ嬢、行けますか?」
「お任せください! 暴れたかったので、ちょうど良かったです!」
可憐に見えるテルミナが手にしているのは槍。身の丈よりも長いものだが、これが彼女の標準装備らしい。
「それに武神様も、思う存分暴れていいって言ってますから」
「……そうか」
思う存分。確かにそういった機会はそうそうない。王太子となってからは特に。この期に及んで手加減は無用。ディンたちの手を縛っているのは縄、そして結ばれた手と背中との間には支柱がある。その支柱は鋼鉄だ。生半可な力では破壊することは出来ない。動くと言っても、その支柱からは離れられないという仕組みだ。ディンとレックスは、目を閉じて動く様子は一切ない。国賓たちは、もはや何が起きているのかもわかっていないようで、茫然と空を見上げている。嘲笑うマラーナ貴族の声など聞こえてもいないだろう。
アルヴィスは愛剣の柄に手を添える。いつでも飛び出せるように。
「こっちは私に任せていただきたい。テルミナ嬢はあちらを」
「わかりました!」
アルヴィスとテルミナで二手に分かれて救出する。アルヴィスはもとより、テルミナも腕には自信があるようだ。そしてどうしてか、アルヴィスはその力量を疑ってはいなかった。信頼できる。そう確信めいたものがある。やる気の二人に対して、慌てているのが元近衛騎士団隊長のブラウだ。
「お前さんたち二人でいいのか? ほんとに。あれは数人がかりでも恐らく無理だぞ」
ブラウからの情報では、あの支柱にある鋼鉄は生半可な力では傷一つつけられない代物。だからこそ罪人の処刑に使われているのだと。力のある男数人がかりでようやく破壊出来るかどうかというところらしい。
「問題ない」
「問題ありませんよ」
テルミナとアルヴィスは声をそろえて大丈夫だと告げる。ブラウには理解できないのだろう。それでいい。そこが境目なのだ。人と、それ以外との。
「アルヴィス、宰相の姿が見えたぜ」
「……」
セリアン宰相。そしてその後ろに付き従う制服を着た女性。その後ろ姿を見てアルヴィスは確信する。あれはアンナだと。
チラリとアンナが後ろを振り返ると、こちらへと視線を向けた。そして茶目っ気たっぷりに片目をつぶり笑みを向けて来る。
「情報は掴んだか。ならば容赦は不要だな。テルミナ嬢、宰相が宣言した時が合図です」
「いつでも大丈夫です」
宰相が何か話し始めたと思ったら、その周りに騎士と思わしき連中が複数人現れた。どうやらその手で処刑をするという形らしい。ざっと数えたところ、十人程度だ。いずれにしても、こちらから出せる人数には限りがある。ブラウの部下たちを投入したところで、連携が取れなければ意味はない。テルミナと二人の方が勝機がある。そこに疑いの余地はないのだから。
「……」
「愚かな犯罪者たちの末路を、どうか見届けてもらいましょう」
宰相が手を挙げる。騎士たちが剣に手を当てた。その刹那の時に、アルヴィスとテルミナは同時に駆けた。
マナを解放した剣で、まずは最も近くにいた騎士の剣を叩き折る。そしてすぐさま騎士の胸を思い切り蹴り飛ばした。吹き飛ばされた騎士が集まった観客たちの中に埋もれていく。それを確認することなく、アルヴィスは残っていた騎士を薙ぎ払った。
「なっ⁉」
「貴様っ!」
「えいや‼」
アルヴィスの反対側では、テルミナの槍によって振り回された騎士が大聖堂の屋根の上に飛ばされていた。ものすごい音を立てて、大聖堂の壁が崩れていく。
「何者だっ! 邪魔をするなっ」
尚も飛び掛かってくる騎士は、剣先をアルヴィスへ向けて突き出した。それを紙一重で躱し、アルヴィスは剣の柄で腹を突く。胃液が飛び出した騎士の顔をそのまま殴り飛ばした。
「……貴様いったい……」
「……随分と舐めた真似をしてくれましたね、宰相殿」
被っていたフードをアルヴィスは取る。すると、宰相の目が見る見るうちに大きく開いていった。
「なっ……馬鹿なっ! 貴様は確かに沈んだと」
「えぇ。確かに沈められましたよ。貴方の手によって」
背中で守ることとなったディンたちが息を飲む声が聞こえた。この場にいるのがアルヴィスだと知ったからか、それとも宰相に沈められたという件か。どちらにしても、アルヴィスは誤魔化すつもりはない。
「私は、ルベリア王国王太子アルヴィス・ルベリア・ベルフィアス。私の近衛たちを返していただきますよ、シーノルド・セリアン殿」
この場を見ている人々へ届くようにアルヴィスは告げる。そして、そのまま振り返ると剣にマナを全力で込める。そのままディンとレックスを拘束していた支柱に向けて剣で薙ぎ払った。
大きな衝撃音と共に、支柱が粉々に砕け散る。あまりの衝撃だったためか、当事者であるディンとレックスも口を大きく開けて驚いている。
「でん、か」
「まぁこの程度当然か。全力を込めたからな」
「あ、あははは……アルヴィス」
手の拘束を解除しようとアルヴィスは動こうとするが、背後から殺意を感じ振り返った。すると、その騎士の右肩に槍が突き刺さる。血しぶきがあがり、騎士は肩を抑えながら地面へと倒れる。誰がやったのか。この場において槍を使っている人物は一人、テルミナだけだ。
「よそ見していると私が倒しちゃいますよ、王子様」
「なるほど。それは面白くないな」
久しぶりに剣を思い切り振るえる。それだけじゃない。テルミナが隣にいるということが、心強く感じた。まるで、以前からそうしていることが当たり前だったかのように。
結局、騎士たちを全員重傷に追い込んだあとで、ディンらの拘束を解除した。貴族たちの視線はアルヴィスたちに向けられている。一体この後どうするのか、その挙動を待っているのだろう。
用意した騎士たちが全員倒れたからなのか、セリアン宰相は狼狽することもなくただまっすぐにアルヴィスを見ていた。彼の前へと立ったアルヴィスは、剣先をその顏前に突きつける。
「シーノルド・セリアン、他国の者とはいえこのような私刑はいただけない。どう責任を取るつもりか」
「……まさか貴方が無事であったとは思いませんでした。あの湖は決して這い上がれない。貴方のような神の系譜の人間は絶対に」
その証言は、セリアン宰相自身がアルヴィスを暗殺しようとしたと言っているに等しい。ここにはアルヴィスたちだけではなく、マラーナ国民も大勢見ている場所だ。その場で証言することがどいういうことなのか、わからないセリアン宰相ではないだろう。
アルヴィスの隣に後ろで控えていたグレイズが、ゆっくりと出てきて並び立った。常に丁寧な物腰であるグレイズだが、今は笑みを隠し鋭い視線でセリアンを見ている。
「まさか、本当にアルヴィス殿を暗殺する気であったとは、かの宰相殿も地に落ちたものです。我々帝国が同席しているにも関わらず、目の前で起こす愚行。それを理解しておいでですか?」
「所詮帝国とてルベリアと同じ。神の庇護下にある優遇された国。そんな国の人間に何がわかりますか……」
初めてセリアン宰相が感情をむき出しにし、睨みつけてくる。神の庇護下。神の系譜。一体、セリアン宰相は何を知り、何を望んでいたのか。
「マラーナは、神に捨てられた土地。神にも国にも見放された場所。何故我らだけなのだ。生まれる国も人も身分も選ぶことは出来ない。ただここに生まれたというだけで、何故卑下されなければならないのか……」
「神に捨てられた?」
そのような話は聞いたことがない。ルベリアとザーナ帝国に挟まれた国であり、両国とも友好国としてそれなりに長き期間付き合ってきた。友好国だからこそ、お互いの歴史も学んできたはず。しかしその中に、そのような話はなかった。
「都合の悪い歴史は口を閉ざす。神にとってここは都合が悪い土地だったということだ。瘴気が多発するのもこの国だけなのが何よりの証拠であろう!」
「……それは違う。マラーナに瘴気が出やすいのは、あの地が――」
無意識に言葉が出る。アルヴィスは思わず己の口を押えた。言うつもりがなかったのではなく、話そうとして出た言葉ではなかったからだ。
「殿下?」
「……なんでもない。悪い」
『へぇ、なんだ。そこまで知っている人間がいたのか。さすが、ルベリア王家の人間だなぁ』
突如、セリアン宰相の口から聞き覚えのない声が聞こえてきた。宰相の中に、金髪碧眼の青年が視える。どことなく、その顏はアルヴィスに似ていた。
『ちょうどいい駒だったのに。ここまでかな。まぁマラーナはいずれ無くなる国だから、それが今になろうと変わらないだろうけど』
「……どういう、ことだ?」
『さぁね。それくらい自分たちで考えてよ。それと武神も邪魔をしないでほしいな。そこまで人間に肩入れする価値なんてないんだよ』
宰相の中の青年が指さしたのはテルミナだ。差されたテルミナは、首を傾げている。
「貴方、誰ですか? 宰相さんじゃない人。私は人間なので、肩入れするのも当然ですよ?」
至極当然とテルミナが話すので、青年は何度も瞬きをして次いで笑った。
『流石武神だ。変わらない。つまり、君も変わらないってことだね』
武神はテルミナ。そしてこの場合の君はアルヴィスだ。眉を寄せ、アルヴィスは剣の柄を強く握りしめた。
「何を言っている」
『ちょっと刺激しただけでここまでになったんだから、それなりに下地はあったんだけど……もういらないからいいや。後は君たちで勝手にしていいよ』
勝手なことばかりをいう青年に、アルヴィスは怒りを覚える。要らないというのは、セリアン宰相のことか。マラーナ王国のことか。それとも両方なのか。
「お前っ」
『直ぐにわかるよ。限界はそこまで来てるし、聖国だってただじゃすまない。時期が来たら、そこで君を待っているよ、アル』
「待て‼」
青年がセリアン宰相から抜けるのが見えた。抜けられたセリアン宰相は、一瞬だけハッとなったかのように辺りを見回す。そして、彼は深々と頭を下げた。
「……ルベリア王国王太子殿下、ザーナ帝国皇太子殿下。国賓の皆様、どうか此度の件について説明させていただける機会を頂きたくお願いいたします」
マラーナ編ももうすぐ終わりとなります。
色々とご意見はあるでしょうが、見守っていただけると幸いです。。。